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第397回 京の老舗の価値観

2020-11-20 | エッセイ

 京都の人が「さきの戦争」といえば、第二次世界大戦ではなく、「応仁の乱」を指す、というのは割合知られた話です。歴史と伝統に誇りを持っている京都人ならいかにも言いそう、というのがミソの「都市伝説」ではないでしょうか。

 事実、京都には長い伝統を誇る店がいろいろあります。和菓子の総本家駿河屋が店を構えたのは、その応仁の乱が始る6年前の1461年です。そこまでさかのぼらないにしても、呉服のゑり善の起源は16世紀末とされていますし、和菓子の萬年堂、寛永堂、書画用品の鳩居堂(銀座の店が有名)などは江戸開幕以来の老舗です。

 また、テレビの情報番組などで、京の老舗といわれる店がよく紹介されます。なかには、よくまあこんなニッチな商品を、限られたお客さんに売って、成り立っているものだと(余計なことながら)気になる商売もあります。決まった料亭、旅館にだけ納入するための湯葉(ゆば)作り、茶道の家元専用の手作り和菓子、そして、土地柄、神職や僧侶の装束に欠かせない帯、房、法具の販売、修理などのように。

 まったくの部外者ながら、これらの商売、お店を継いでいくことの大変さを思います。お得意さんとの何代にもわたる濃密な付き合いに加えて、業界や地域との付き合いなども欠かせないことでしょう。店の存続が何より大事と考えるオーナーにして、父親であるという存在。一方、継ぐべき立場の子供には今の時代の生き方、価値観があり、両者の間には葛藤もあるようです。

 「京都まみれ」(井上章一 朝日新書)に興味深いエピソードが載っています。

 著者は、京都市内の西に当たる嵯峨の出身です。でも「あそこは京都やない」と、洛中(京の中心部)の人たちからさんざん言われ続けてきました。彼の「関西人の正体」(朝日文庫)、「京都ぎらい」(朝日新書)などには、そんな複雑な想いが綴られています。

 さて、その彼が、京都大学工学部建築学科の学生の時、京に残る町家(まちや)と呼ばれる古い商家を調査していました。半世紀ほども前になります。ネットからの画像です。

 心よく調査に協力してくれる家もありましたが、京都ならではのイケズ(いじわる)口をたたかれたこともあるといいます。こんなやり取りです。
 「君らは京大の子らしいな」ーーええ、そうです。
 「君らは知らんかもしれんけど言うといたるわ。ここいらあたりではな、息子が京大へはいったりしたら、まわりから同情されるんや。気の毒やなあ言うて」(同書から)

 嵯峨というごく普通の土地で、京大に合格した井上は、家族だけでなく、近所のひとからも祝福されたといいます。日本を代表する大学のひとつですから。京大へ入ったりしたら、まわりから同情されると聞いて、怪訝そうな顔をしている彼に、その商家の主が謎解きをしてくれました。

 「京大なんかに入る子はな、京都に居つかへん。卒業したら遠いとこへ行ってしまいよる。店も継がへんやろ。気の毒がられる言うのは、そういうことや。かわいそうに、あの店、もう跡取りがおらんようになったな、ちゅう話や」(同書から)

 家業の継承を最重要としてきた洛中の商業地の人々の価値観、雰囲気を雄弁に物語るエピソードです。著者は、さらに、さきほどの人物の追い打ちをかけるような言葉を引用しています。

「あのな、勉強ができることじたいを悪いというとるんやないで。頭がええっちゅうのは。けっこうなことや。そやけど京大はあかん。あんなとこ、いかんでええ。大学いくんやったら、同志社ぐらいがころあいや。あそこやったら、店の跡取りもぎょうさん(たくさん)おる。気のあう仲間が見つかったら、店をついだあとの付き合いにも都合はええやろ」(同書から)

 いかにも京都人らしいあけすけな言い方です。引用しながら私も気が重くなっています。関西を代表する私学の雄、同志社大学の関係者の皆さんには申し訳ありません。

 著者も入学の難しさで大学を順位付けし、東大、京大・・・という順位ばかりが念頭に浮かんでいた当時の自身を振り返り、いささかの反省を込めてこう総括しています。
「町家の調査で出会った人は、まったく違う価値観をしめしてくれた。受験戦争の難易度に、たいした意味はない。商家の後継者が、よき社交をはぐくめるかどうかで、大学の値打ちは決まるという。それまで私が考えたこともないような大学観をぶつけてきたのである。」(同書から)

 半世紀ほど前の体験、想いに最新の著作でも触れているところをみると、今でも老舗のオーナー方の価値観にそう変化はない、というのが著者の判断のようです。さすが、千年の都。 

 サラリーマン家庭に生まれ、当たり前のようにサラリーマン生活を全うしてきた私。でも、全く異なる価値観の世界もあるものだ、私のほかの道はあったのだろうか・・・いろんな想いがよぎりました。
 以前、京都を話題にした記事へのリンクです。<第58回 京のイケズ(「旧サイト」です)><第250回 京のユニークな街づくり>です。会わせてご覧いただければ嬉しいです。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。