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第380回 装丁家・和田誠

2020-07-24 | エッセイ

 中学生の頃、グリーン版「世界文学全集」(現・河出書房新社)が発刊されました。ご覧のように独特の緑色を基調にした格調高い装丁です。下部に作家名が明るいブルーでレイアウトされているのが何ともおしゃれでした(確か、「原弘」という方のデザインと記憶しています)。

 全集としての統一感は保ちながら、各巻を際立たせる工夫だったと今にして思います。世界文学の一つや二つ、という気負いもあって、何冊か購入しました。肝心の中身よりも、本棚に並べた時のオトナの気分、誇らしさを憶えています。

 そんなことを思い出しながら、「装丁物語」(和田誠 中公文庫)を読みました。イラストレーターとして、独特の線と点で描いた似顔絵を中心に、氏の作品と接してきましたが、デザインへの関心から、本の装丁もずいぶん手がけておられたのですね(2019年10月に亡くなられました)。
 装丁という仕事の楽しさ、工夫、時に苦労、そして、装丁を通じての作家との交遊などが達者な筆で活写され、飽きさせません。

 私には懐かしい本が取り上げられていました。「お楽しみはこれからだ」シリーズ(文藝春秋社 1975~97年 全7冊)です。本業以外では、何より映画好きであった氏が、お得意のイラストをふんだんに入れながら、名場面、名セリフを紹介しています。私が読んだのは、ご覧の第1册目と、あと何冊かですが、とにかく細部にわたる記憶力と博覧強記ぶりに驚かされました。

 同書で知ったのですが、「お楽しみ・・」には、通常ついているオビ(帯、腰巻とも)がありません。ご覧のように、そこの部分からいきなり本文が始っています。一見、帯のようにも見える工夫です。

 営業的には必須の宣伝材ですから、出版社、編集者から歓迎されないでしょう。でも装丁デザイナーとしては、その部分も含めて、自分のものとして作り込みたいはず。「自分の本ですから、割合わがままが言えたし、担当の松浦怜さんも話のわかる人なので(中略)即座に了解してくれました。」(同書から)とあって、氏の思いが通じました。
 「谷川俊太郎エトセテラ」(大和書房)でも、短いエッセイを丸ごとオビの部分に載せて、オビなしで、ちょっとお得感(?)を演出しています。多用はできませんが、お気に入りの手法だったようです。

 オビ問題では、こんな遊び心も発揮しています。
 「風景のない旅」(古山高麗雄 文芸春秋)というロシアを中心とした紀行文です。一見、通常のオビがついて、ごくシンプルな表紙です。

 「風景のない旅」だからこんなもんで、と思わせておいて、オビを取ると、モスクワにある有名な寺院のイラストが表れます。してやったり、との氏の顔が思い浮かぶような仕掛けです。

 さて、最後に同書からこんなエピソードを。

 氏の多摩美大時代の恩師である柳内達雄氏は文章もお書きになる方で、亡くなって1年後に遺稿集が出版(あかね書房)されることになり、氏が装丁を担当することになりました。本のタイトルは「花」と決まりましたが、その字体をどうするか、和田は考えるのです。

 彼が学生当時のことですから、教材とか試験問題は、ガリ版(謄写版)で作るのが当たり前でした。柳内先生は、それ用の字体に熟達していましたから、それを使うことを決めます。苦労の末、先生直筆の「花」の文字を見つけ出し、拡大して出来たのが、この表紙です。

「この本の出版のあと、先生の奥さんにお会いしたら、「彼が生きていたらどんなに喜んだことでしょう」と涙ぐんでおられましたけど、ぼくも同じ気持ちですよね。」(同書から)

 ちょっとウルっとしました。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。