夜が明けて富士川東岸に到着した甲斐源氏本軍はもぬけの殻になった対岸を目にすることになる。
一戦を交えることも無く、追討軍の一方的な撤退という事実のみで
後に言う「富士川の合戦」は終了した。
富士川まで行軍すると一日以上かかる場所にある黄瀬川宿に陣を張る
源頼朝は十九日朝の時点でまだこの事実を知らない。
十九日昼過ぎに甲斐源氏本軍に到着した使者は「二十四日に矢あわせ」をという頼朝軍の
伝言を伝える必要もなくなってしまった。
甲斐源氏も敵が消失したという目の前の事実を未だに受けて入れていない。
使者は追討軍撤退の報を頼朝に伝えることになった。
使者が持ち帰った報告を聞いた頼朝は翌二十日確認に配下の者を西に向かわせた。
その確認の結果追討軍の撤退が事実であることが判明した。
夜になり視察の者の報告を聞き、追討使の撤退を確認した頼朝は即座に軍勢を東に戻した。
追討使撤退の報はその日のうちに、甲斐にも届けられた。
その報を耳にした甲斐源氏に仕える文士大中臣秋家は急いで荷をまとめて駿河へと向かった。
今回の論功交渉の手続きはかなり広範囲で煩雑になると思われる。
あのいつも忙しい男は、駿河でもっと忙しい思いをすることになるのであろう。
秋家が出立したのを見送った範頼は、自らも暇乞いをして
鎌倉に向かう兄頼朝の元に行きたいと
甲斐の留守を預かっている加賀美遠光に告げた。
だが、遠光の答えは「否」だった。
「まだしばらく蒲殿には我等と共にいていただきたい」
と言われた。
追討使が去り駿河目代を殺害し、駿河をほぼ手中に収めた甲斐源氏の次なる目標は
遠江を手に入れることである。
遠江を攻略するためには遠江に縁の深い範頼が甲斐源氏
とりわけ遠江を欲している安田義定にとっては必要な存在となっていた。
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一戦を交えることも無く、追討軍の一方的な撤退という事実のみで
後に言う「富士川の合戦」は終了した。
富士川まで行軍すると一日以上かかる場所にある黄瀬川宿に陣を張る
源頼朝は十九日朝の時点でまだこの事実を知らない。
十九日昼過ぎに甲斐源氏本軍に到着した使者は「二十四日に矢あわせ」をという頼朝軍の
伝言を伝える必要もなくなってしまった。
甲斐源氏も敵が消失したという目の前の事実を未だに受けて入れていない。
使者は追討軍撤退の報を頼朝に伝えることになった。
使者が持ち帰った報告を聞いた頼朝は翌二十日確認に配下の者を西に向かわせた。
その確認の結果追討軍の撤退が事実であることが判明した。
夜になり視察の者の報告を聞き、追討使の撤退を確認した頼朝は即座に軍勢を東に戻した。
追討使撤退の報はその日のうちに、甲斐にも届けられた。
その報を耳にした甲斐源氏に仕える文士大中臣秋家は急いで荷をまとめて駿河へと向かった。
今回の論功交渉の手続きはかなり広範囲で煩雑になると思われる。
あのいつも忙しい男は、駿河でもっと忙しい思いをすることになるのであろう。
秋家が出立したのを見送った範頼は、自らも暇乞いをして
鎌倉に向かう兄頼朝の元に行きたいと
甲斐の留守を預かっている加賀美遠光に告げた。
だが、遠光の答えは「否」だった。
「まだしばらく蒲殿には我等と共にいていただきたい」
と言われた。
追討使が去り駿河目代を殺害し、駿河をほぼ手中に収めた甲斐源氏の次なる目標は
遠江を手に入れることである。
遠江を攻略するためには遠江に縁の深い範頼が甲斐源氏
とりわけ遠江を欲している安田義定にとっては必要な存在となっていた。
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