時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(百二十)

2007-03-13 22:59:00 | 蒲殿春秋
加賀美遠光の現在の妻は頼朝を支える三浦一族の一人和田義盛の妹である。
その関係で遠光は和田義盛とは親しい。
鎌倉の動向は義盛から順次知らせが届く。

頼朝は当初足柄山で平家を迎え撃つことを考えていた。
そのため伊豆と相模の国境付近の秋戸に妻政子らが避難していることを知ると
彼女らの安全を守るため政子と娘大姫そして政子の妹達を早急に鎌倉へ呼び寄せた。
足柄山は天然の要害、そこを地の利のある自分たちが固めれば
追討使を追い返すことができると考えていた。

頼朝の武蔵相模の基盤は脆い。
葛西、足立、秩父一族などがとりあえずは味方についている。
とはいえ長いこと平家の知行国であった武蔵の豪族らは何かのきっかけで
いつ平家方に戻るかわからない。
その他の武蔵の豪族の中には趨勢を明らかにしていない者も多い。
相模では大庭一族がなんとかその地に追討使を迎え入れようと画策している。
石橋山で敵対した相模の豪族も未だ健在である。

完全に平家勢力を駆逐した房総とは違い武蔵、相模の状況は頼朝にとっては決して安定したものではない。
また、頼朝傘下の全軍を率いて西方へ遠征した場合、武蔵下総に程近い常陸の佐竹が背後から襲い掛かってくる危険性もある。上野の藤姓足利氏や新田氏の存在も不気味である。
つまり、現在の頼朝にとって鎌倉から先に進軍することは多くの危険を伴う状態なのである。

頼朝は鎌倉に入った後もその基盤固めに余念が無く
現在は石橋山で敵対した相模の諸豪族の切り崩しや武蔵の豪族の抱え込みを行なっている。

だが、追討軍はその兵力を膨らませながら確実に東に向かっている。
その追討軍はなんとしても撃退しなければならない。
足柄山に進出するとしても鎌倉より西に進出せねばならず、
そのためには再度の大庭との対決はさけられない。
だが、未だに相模における大庭の力は侮れない。
大庭と戦っている最中に追討軍がくれば大庭を勢いづかせ
さらには自軍から離反者が出てくるかもしれない。
追討軍が足柄山に来る前に相模はなんとしても平定しておかねばならない。

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蒲殿春秋(百十九)

2007-03-13 00:49:28 | 蒲殿春秋
「明日出陣する」と安田義定は言った。
「蒲殿には戦が落ち着くまで甲斐でお待ちいただきたい」とも言った。
それだけ言うと義定はそそくさと範頼の前から去っていった。

自分は甲斐源氏の戦には加わらない。
それはそうだろう。自分と当麻太郎の他に手勢はいない。
当麻太郎はとにかく自分は武勇の誉れが高いわけではない。
また、着の身着のままで遠江を追い出され、武具は何一つ持っていない。
甲斐源氏の軍に加わっても足手まといになるだけである。

━━ 自分は何のためにここにいるのだろう。

ふと、そのような想いが沸き上がってくる。

翌朝、甲斐源氏の一団は出陣の儀式を盛大に済ませ駿河に向かって進発した。
武田信義、その子一条次郎忠頼、板垣三郎兼頼、武田兵衛尉有義、石和五郎信光
信義の兄弟の安田三郎義定、逸見冠者光長、河内五郎義長らの甲斐源氏の一団に
伊豆からやってきた加藤太光員と加藤次景廉の兄弟も加わっている。
一方、時を置いて北条時政とその子江間四郎義時も甲斐源氏の郎党を従え
信義らとは別の方角に向かって進軍していった。

範頼は甲斐の留守を守る加賀美遠光と共に彼らを見送った。
大勢の兵が旅立った後は、館の中は静謐が訪れる。
出陣前の異様な熱気の後だけに、その静謐が恐ろしくさえなってくる。

その静謐の中一人だけ立ち止まることなく動き回っている男がいる。
彼は、武田信義に仕える文士大中臣秋家という。
戦の後に待ち受ける論功行賞の手続きで忙しくなるであろうこの男は
今からなにをそんなに慌しく動き回っているのだろうか・・・

出陣の後の異様な空気が過ぎ去った後範頼は加賀美遠光の元を訪れた。
「よく、来てくださいましたな」
と加賀美遠光は範頼を快く受け入れた。
「しばらくはゆるりと過ごしましょうぞ、この甲斐は兄者達が此度の戦で敗れぬ限りは安泰じゃからのう」
武蔵の秩父一族の頼朝軍への参向によって武蔵からの脅威は薄れ
また、上野の豪族の多くが木曽義仲の呼びかけに応える動きを見せている。
この状況の続く限り大軍を南に向かわせても甲斐は安泰である。

「次の懸念は佐殿がどこまで我等に手を差し伸べてくださるかじゃ」
「?」
「佐殿は確かに我々甲斐源氏と同盟を結んで下さった。
じゃが、どのように動くか、わしらに援軍を送ることができるかどうか
今の時点では、はっきりとはわからぬのじゃ」

甲斐源氏の系図はこちら

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