時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百八十七)

2009-05-14 05:55:16 | 蒲殿春秋
天皇と法皇を手中に収めた義仲はある人物のもとに向かう。
ある人物とは前関白松殿基房。現摂政近衛基通の叔父である。

基房は平清盛が起した治承三年の政変によって関白の座を追われ逼塞していた。
その基房のもとに義仲が向かったのである。

両者の会合は直ぐに終結した。

戦闘のあった翌々日の寿永二年十一月二十一日重大な人事が発せられた。
基通に代わる新摂政が就任したのである。
新摂政は松殿師家。松殿基房の嫡男でわずか十二歳の少年である。

四歳の天皇と十二歳の摂政。

この両者に政局をうごかせる筈は無い。

だが新摂政の影にあって大きな影響力を及ぼし政局を切り盛りできる人物が一人いる。
摂政師家の父基房である。

すでに出家している基房はもう官位につくことはできない。
だが、我が子を摂政としてその後見をする形で政局を動かす、そのような形での政権復帰ならば可能である。
つまりこの珍妙な人事によって松殿基房は実質的な政権の座に返り咲くことができたのである。
そして宮廷の人々は真の政権運営者が誰かを知っている。

清盛が起した政変の後、基房はそれまであった関白の座を追われたが密かに復権の機会を待っていた。
平家都落ちをその機会を踏んでいたが、平家から離反して後白河法皇に尋常ならざる接近を図った時の摂政基通にそれを阻まれた。
だが雌伏して次の機会を待つ。

そして今回起きた戦乱と政変。
基房に接触を図った義仲は基房に政権運営をするように願った。
これを自らの復権の機会を見た基房は義仲の申し出を快諾した。

一方義仲も基房を必要としていた。
都の宮廷社会との人脈が殆ど無く、自身も出仕の経験の浅い義仲に政権運営ができるはずが無い。
また、ついこの前まで無位無官そして現在も左馬頭に過ぎない自身は清盛のように政権に食い込んで自身の意見を強く言うこともできない。
だが、前関白基房の言うことならば宮廷人も従う。
基房ならば政権を切り回すこともできる。
その基房に密着していけば自分の意見が通りやすい。

両者の思惑はすぐに一致した。

十二歳の摂政の誕生。
基房と義仲の強引な人事にみえるこの一件も宮廷人には意外にも好意的に受け入れられた。
というのは、平家に密着していた前摂政基通への反感と平家や義仲に対して強硬な姿勢を貫いた後白河法皇への反感が宮廷人たちの間に密かに渦巻いていた、それがこの新摂政就任歓迎の空気に繋がっている。

この新摂政の元へ多くの人々が続々と挨拶に訪れる。
摂政就任の儀式が次々に行なわれる。

かくて新政権は順調にその一歩を踏み出したかのように見えた。

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