時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百四十三)

2009-01-21 20:40:31 | 蒲殿春秋
それと共に都において大軍が常駐することの弊害が露となる。

保元の乱まで数百年間戦乱に巻き込まれることの無かった都。
その保元の乱そしてその三年後に起きた平治の乱においても動員された軍勢は数百騎程度のもので乱そのものも丸一日もしくは一月も掛からぬうちに終息した。
その後平家が必要に応じて軍を徴収することがあったが畿内からの武士が主力なので必要なときに呼び出せばよく、都に長期間大軍を常駐させることはなかった。

このように都に数千騎に及ぶ武者とその従者と馬が一月以上も滞在するというのは、都に住まう人々にとっても上洛してきた者たちにとっても未曾有の出来事である。
全ての人々が大軍の常駐が都に何をもたらすのかを全く予期していなかった。

その未曾有が都に混乱と悲惨をもたらす。

多くの軍勢と馬が都にあるということはそれらを養う食糧や物資そして馬のえさが必要となってくる。
当時の軍隊は遠征先で必要物資や食糧を調達するの常である。
従って、その大軍の食糧等は都において調達されなければならない。

だが、その都は疲弊の真っ最中にある。
昨年まで飢饉に悩まされ、東国を反乱軍に抑えられて物流の流れが途絶えていた都。
飢饉が回復した矢先に平家の北陸出兵と都落ちによって兵糧や物資を散々挑発された都や畿内は未だに食糧や物資の不足に悩まされている。
さらに、西国からの運上物が今度は平家に差し押さえ始められ再び物資の流れが止まりつつある。
そこに物資と食糧を大消費する大軍が一月以上も滞在しているのだからたまったものではない。

兵たちは当然の権利として畿内や都で食糧等の調達を要求する。
だが、畿内に食料は無い。
要求された側は当然拠出を拒否する。
飢えているのは、都の住人も兵も同様である。
こうなると弱肉強食の世界が始まる。
武力を持つ武士達が、数少ない食糧を求め、ついには収穫の時期になった農地に自ら鎌をもって無理やり収穫物を刈り取って強奪する。さらに地方から入ってくる年貢は兵によって差し押さえられた。

平家の反撃から都を守ってくれるはずの兵たちは現在の都においては必要不可欠な存在である。
だが、その兵を養うには必要な食糧や物資が都に於いては大幅に不足している。その少ない物資を得る為に兵たちは強奪や略奪を繰り返すようになってくる。
兵のほうも生きる為に必死なのである。
しかし、奪われる一方の弱者たちはたまったものではない。
都を捨てて逃げるものが多発し、都には再び飢えと貧困が押し寄せた。
この頃には都には源氏諸将、なかんずく義仲に対する怨嗟の声が満ち溢れるようになって来る。

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