時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百十三)

2008-11-02 08:41:31 | 蒲殿春秋
三河へ赴きたい。
けれども、それを瑠璃に言いがたい状況にある。
婚儀から直ぐに戦陣に赴きようやく帰還したばかりである。ましてや、頼りになる侍女と実母が懐妊している。
このような時に鎌倉にさほどとどまらずに三河へ戻るとはとても言えない。

散々思い悩んでいるところに、新太郎を連れた藤七がひょっこり現れた。
「藤七」
「蒲殿、何をしけた顔をしておられます。」
新太郎の顔をみて範頼はしばし思案した。
範頼に見つめられて新太郎は不思議そうな顔をしている。

「藤七。そなたが遠江へ私を迎えに来たときのことを聞きたい。」
「はい。」
「あの折、そなたはまだ志津とは夫婦ではなかったが子を宿すほどの深い仲であったと聞く。」
「はい、そうですが。」
「そなたが遠江へ行くということは志津には申したのか。」
「はい、密かに申しました。」
「志津は何と。」
「お気をつけて、とただそれだけにございました。」

範頼は続けて問う。
「あの折は、鎌倉殿が旗揚げをされてばかりで伊豆が不穏なおりであった。
そなた、志津のことを案じてはおらなかったか?」
「まあ、心配はしないでもありませぬが、藤九郎殿のご内室がおいででしたし
さほどの不安はございませんでした。ましてや妊っていたことも知りませんでしたし。」
藤七は続けた。
「私は鎌倉殿が坂東に確固たる基盤を作ること。それが藤九郎殿とご内室ひいては志津を守ることになると信じておりました。それゆえ主の命にて蒲殿をお迎えに上がることが鎌倉殿の力を強くする。そのことがやがては志津を守ることになる。そのように信じて遠江に赴きました。」

範頼は静かに藤七を見つめた。

「蒲殿、もしやまたご出陣でもあるのですか?」
「?」
「もし蒲殿のご出陣があるのならばお早めにご内室さまにご自分の口から
お伝えになられるべきではないかと存じます。
他の者から言われるよりも先にまず。少なくとも私は志津にはそのようにする覚悟でおりまする。」

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