時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

蒲殿春秋(三百十一)

2008-10-24 23:14:26 | 蒲殿春秋
瑠璃はしばらくの間忙しかった。
侍女頭の志津がつわりで動けないということもあったが、実家の安達家に起きた慶事がさらに瑠璃を忙しくした。
なんと、瑠璃の母小百合まで身篭っていたのである。
小百合はもう四十を過ぎている。当時としては老齢の部類に入る。
本人も周囲ももはやそのようなことがないと思っていた。
一番驚いているのは夫の安達藤九郎盛長である。
━━よもやよもや
初めての子ではないのに盛長は妙にうろたえている。

小百合の方は極めて冷静に事態を受け止めている。
年齢がいってからの妊娠であるにも関わらず平時と変わらぬ動きを見せている。

そうはいっても、身篭った女性に対して周囲が気を遣う。
ましてや年齢が年齢である。
大丈夫といっているものの無理はさせたくはない。
このような時頼りになるのは身内の女性。
しかし、小百合の母比企尼は高齢。結局頼りになるのは娘の瑠璃ということになり
瑠璃はしばしば実家の安達館に赴くことになる。

瑠璃をみて小百合は少し申し訳なさそうな顔をする。
「本当は瑠璃の面倒を見なければならないのにね。」
そういう母に
「いいえ、いずれ私も子を宿す日が来るでしょう。その時このことがきっと役に立つとおもいます。」
娘は前向きに答えた。

慣れない新婚家庭を切り回さなければならない忙しさに加えて、頼りになる侍女頭と実母の妊娠。
瑠璃にかかる負担は大きい。
そのような瑠璃を見ている範頼はある事を瑠璃に切り出そうとしているのだが切り出せずにいた。

範頼が妻瑠璃に言いたいこと。
それは、一度三河に戻りたいということだった。
三河を出たのは前年の暮の事だった。それから今年の春になるまで一度も三河へは戻っていない。三河は範頼が勢力を築きつつある地であった。
三河に帰るその決心をつけさせたのは都にいる養父藤原範季からの書状だった。

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