しばらく車を走らせて、昨日バスで通った道の、どこか途中を曲がった。少し行くと一軒家の、古い民家を改造したパン工房があった。目立たない看板が立っていたが、建物の雰囲気で何となくそういう店と分かる。隣の空き地が駐車場らしく車を止めた。
「どうします?車で待っていますか?そしたら僕はすぐ買って戻りますけれど。」
ケンイチさんはそう言いながらシートベルトを外した。外は少し小雨になっていて、店までなら傘はいらなさそうだった。
「いえ、私も見たいです。降ります。」
言いながら私もシートベルトを外し外に出た。
木製の枠で出来たガラス張りのドアを、ギイと言わせながら開けると、色あせた板張りの床にこじんまりと木製テーブルと椅子が数組置いてあり、隅の棚にパンが陳列してあった。棚の横にレジがある。
「こんにちは。いらっしゃいませ。」
化粧っ気のない、穏やかな顔をした4,50代と思われる女性が奥から出てきた。
「コーヒーが欲しいのですが、大丈夫ですか?」
メニューらしきものはどこにも見当たらないのだが、レジから見える奥の作業場にはコーヒーのサイフォンが置いてあるのが見えた。ここに来たことがある人は分かっているのかもしれない。
「はい。ええと、お二つ?」
ケンイチさんは「コーヒーでいいのかな?」と私のほうに向かって聞いたので、即座に頷いた。
「はい。パンはあっちから選ぼう。お腹が空いているでしょう。」
棚に並んだパンはすべて天然酵母で作っているようで素朴なものが多かった。ケンイチさんはかごに二つほど選んで入れた。私にどれがいいかと促すのでナッツの入ったものを一つ選んだ。
「それだけでいいのですか?足ります?」
さきほどキューとお腹が鳴ったので相当空腹と思われているのかもしれない。ケンイチさんの顔をこうしてまじまじと見ると、一見すると白髪があるので相当年上と思っていたのだが、顔の色艶とか表情を見ていると私とさほど変わらない年なのではないかとも思えた。笑うと目じりに皺が寄るのが、優しい表情を余計に醸し出していた。ケンイチさんは適当にあと二つほどかごにポンと入れた。
レジでお金を払い、小さなテーブル席についた。外にはのんびりとした田舎の風景が広がっていた。遠くに緑が見えて、まばらにある民家は都会に建っている家のように奇抜なデザインではなく、この景色にしっかりと馴染んでいる色合いの昔風の造りの家が多かった。道路には車が時々通るくらいで音もなく静かな空間だった。
コーヒーを待っている間、私は今日何度目かの、私はどうしてこの人とここにいるのだろう、という思いに囚われた。でもそれは、朝方感じた面倒臭さや後悔のような意味合いの感情ではなく、ただ単に、こういう展開になってしまったなあと、客観的に自分を傍観しているような感覚だった。外の雨は小雨だったが、寒そうに見えるのには違いなかった。
「結婚式かなにかに、出席されたのですか?」
なんとなく話をしなくてはならないだろうと、気が気ではなくなったのでそう切り出した。
「ええ。なんでそれを?」
ケンイチさんは意外な表情をして聞き返した。
「昨日、ロビーで黒い礼服を着ているのを見かけたものですから。お祝い事かなと。」
「ああ、そうですか。」
ケンイチさんは職場の同僚が実家のあるこちら方面で結婚式を挙げたことを簡潔に話した。「それでどうせこの近くまで来たならと、以前よく来たあの旅館に、友人の実家なんですけれど、泊まったんですよ。」
「素敵な旅館でした。またあそこに泊まりたいなと思いました。」
ケンイチさんは私に何か言いたそうな表情をしていたけれど、特に何も言わず、黙って落ち着いた表情をしていた。
特に話す続きが見つからなかったので、私たちはまた沈黙してしまった。ちょうど奥から先ほどの女性がコーヒーを運んできたので、沈黙はそれ以上は特に気にならず、私たちはコーヒーを味わうこととパンを食べることに専念した。
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「どうします?車で待っていますか?そしたら僕はすぐ買って戻りますけれど。」
ケンイチさんはそう言いながらシートベルトを外した。外は少し小雨になっていて、店までなら傘はいらなさそうだった。
「いえ、私も見たいです。降ります。」
言いながら私もシートベルトを外し外に出た。
木製の枠で出来たガラス張りのドアを、ギイと言わせながら開けると、色あせた板張りの床にこじんまりと木製テーブルと椅子が数組置いてあり、隅の棚にパンが陳列してあった。棚の横にレジがある。
「こんにちは。いらっしゃいませ。」
化粧っ気のない、穏やかな顔をした4,50代と思われる女性が奥から出てきた。
「コーヒーが欲しいのですが、大丈夫ですか?」
メニューらしきものはどこにも見当たらないのだが、レジから見える奥の作業場にはコーヒーのサイフォンが置いてあるのが見えた。ここに来たことがある人は分かっているのかもしれない。
「はい。ええと、お二つ?」
ケンイチさんは「コーヒーでいいのかな?」と私のほうに向かって聞いたので、即座に頷いた。
「はい。パンはあっちから選ぼう。お腹が空いているでしょう。」
棚に並んだパンはすべて天然酵母で作っているようで素朴なものが多かった。ケンイチさんはかごに二つほど選んで入れた。私にどれがいいかと促すのでナッツの入ったものを一つ選んだ。
「それだけでいいのですか?足ります?」
さきほどキューとお腹が鳴ったので相当空腹と思われているのかもしれない。ケンイチさんの顔をこうしてまじまじと見ると、一見すると白髪があるので相当年上と思っていたのだが、顔の色艶とか表情を見ていると私とさほど変わらない年なのではないかとも思えた。笑うと目じりに皺が寄るのが、優しい表情を余計に醸し出していた。ケンイチさんは適当にあと二つほどかごにポンと入れた。
レジでお金を払い、小さなテーブル席についた。外にはのんびりとした田舎の風景が広がっていた。遠くに緑が見えて、まばらにある民家は都会に建っている家のように奇抜なデザインではなく、この景色にしっかりと馴染んでいる色合いの昔風の造りの家が多かった。道路には車が時々通るくらいで音もなく静かな空間だった。
コーヒーを待っている間、私は今日何度目かの、私はどうしてこの人とここにいるのだろう、という思いに囚われた。でもそれは、朝方感じた面倒臭さや後悔のような意味合いの感情ではなく、ただ単に、こういう展開になってしまったなあと、客観的に自分を傍観しているような感覚だった。外の雨は小雨だったが、寒そうに見えるのには違いなかった。
「結婚式かなにかに、出席されたのですか?」
なんとなく話をしなくてはならないだろうと、気が気ではなくなったのでそう切り出した。
「ええ。なんでそれを?」
ケンイチさんは意外な表情をして聞き返した。
「昨日、ロビーで黒い礼服を着ているのを見かけたものですから。お祝い事かなと。」
「ああ、そうですか。」
ケンイチさんは職場の同僚が実家のあるこちら方面で結婚式を挙げたことを簡潔に話した。「それでどうせこの近くまで来たならと、以前よく来たあの旅館に、友人の実家なんですけれど、泊まったんですよ。」
「素敵な旅館でした。またあそこに泊まりたいなと思いました。」
ケンイチさんは私に何か言いたそうな表情をしていたけれど、特に何も言わず、黙って落ち着いた表情をしていた。
特に話す続きが見つからなかったので、私たちはまた沈黙してしまった。ちょうど奥から先ほどの女性がコーヒーを運んできたので、沈黙はそれ以上は特に気にならず、私たちはコーヒーを味わうこととパンを食べることに専念した。
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>ケンイチさんは適当にあと二つほどかごにポンと入れた。
ここを読んで、あぁ大人の男の人で優しい人なんだなぁ、というのが伝わってきました。(勝手な思い込み?
こういう表現が思いつくのがいいですね~。
男の人を描写するのは難しいですね。会話とか。自分でもこの先どうしようと思っていますが引き続きよろしくお願い致します。