星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

天使が通り過ぎた(26)

2008-04-10 18:16:50 | 天使が通り過ぎた
「じゃあ僕も、」
 ケンイチさんはすこしおどけた風に言った。
「僕もあなたにコーヒーを引っかけてよかったのかな。」
 私はすこしどきどきした。それはどういうことだろう。
「どうしてですか?じゃあ私の気を引くために、わざと引っかけたのかしら?」
 私はすこし大胆なことを言った。もしかしたら、あなたと会えてよかった、とかそんなことを社交辞令として言うのだろうと思った。
「あなたが自殺せずにすんだから。」
 やはりおどけていた。私は慌てて言った。
「だから私、振られたことは間違いないんですけど、自殺なんかするつもりじゃなかったですってば。」
 ケンイチさんはニコニコとして運転をしていた。もしかしたら通彦からの電話のせいで、湿っぽくなった私を見てわざとおどけて明るい気分にしてくれているのかもしれないと思った。
「気をつけて帰ってくださいね。」
 ケンイチさんのその言葉で、私ははっとあたりを見回した。周辺の街の様子から、もう駅はすぐ近くの様だった。私は急に、なぜか寂しい気分になった。
「本当にありがとうございました。知り合いでもなんでもないのに、こうしてここまで送って頂いて。」
 ケンイチさんの車は人の多い駅近くの道路をしばらく走った後、駅前で停まった。交通量が結構あるのでのんびりとしている時間はなさそうだった。
「本当に気をつけて。」
「ありがとうございました。」
 同時に二人で挨拶をしながら、荷物と上着を持って車から降りた。私の中で、何か物足りないものを感じたが、だが私たちは特にアドレスの交換や電話番号のやりとりなどはしなかった。これで、もう二度と会わないのだろう。旅先で会った親切な男性は、穏やかな顔で私を見て、そして私がドアを閉めるとしばらくして発車させた。私はケンイチさんのメタリックブルーの車が、ロータリーを出て見えなくなるまで、ずっと見ていた。

 旅行から帰って数週間、私はだいぶ立ち直ることができた。毎日の生活のリズムが戻ってくると、また以前と同じように規則的に生活をした。朝起きて小さな会社に出勤して、こじんまりした事務所で仕事をし、夜になると家に帰る。夜になると寂しさが、波のように襲ってくるときもあった。寄りかかることのできる人がいないような、何か心に穴が開いたような、そんな感覚はまだまだあった。季節はどんどん寒くなって、私はますます家に閉じこもることが多くなった。そんな私を見て、友人は遊びに誘ってくれたり、大企業に勤める友達は乗り気でない私を合コンに無理やり引っ張っていった。有難いと思う反面、私はそんな気はさらさらなかった。通彦に言われた言葉は、あのショックの後もっと自分を磨こうという気分にさせたけれども、実際そういう場になると怖気づいている自分もいた。そういう席で交わされている会話は、ちっとも私には楽しめるようなものでは無かった。その場の一時的な馬鹿騒ぎとしか思えなかった。私が求めているのはそういうのではなかった。それでいつも、いっそう疲れて家に帰ってきた。

 年末になると周囲はクリスマスだとか何とかで華やかな雰囲気に包まれていた。私は相変わらず規則的な毎日と友人に誘われた場合意外は特に活動を活発にするわけでもなく、静かに生活していた。心の中はだいぶ平静を取り戻していた。通彦のことは、例えば何かの拍子にふと記憶が上のほうに昇ってくることはあっても、日がな一日通彦のことを未練たらしく考えているという状態からは脱していた。ただクリスマスの当日だけはさすがに堪えた。当然友人たちは彼とどこかへ行っているし、私はと言えば家にひっそりといた。あんなことがなければ私も通彦と幸せなひとときを過ごしているかもしれない、そう思った。街中の華やかやイルミネーションは私をげんなりとした気分にさせた。テレビをつけても気が滅入るばかりだった。
 
 母と二人、買って来たケーキを食べていると、家のインターフォンが鳴った。
「香織、何かあなたに荷物が届いているよ。どこ、これ?」
 母が玄関から居間に入ってくると、手に宅配便から届けられた荷物を持っていた。私はまったく覚えがなかった。最近通信販売をした記憶もないし、私宛にまさかお歳暮も届くはずは無かった。私は宛名に書いてある送り先住所と氏名を確認した。それはあの、通彦に振られた直後に泊まった旅館だった。
「へえ、たった一度宿泊しただけでお歳暮が届くの?たいした旅館だねえ。」
 母はもうお歳暮と決めてかかっていたらしく、そんなことを呟いた。私は「まさかそんな。VIP待遇じゃあるまいし。」と言いながら、何が届いたのか見当も付かなかないでいた。しかもあそこに泊まってから随分と日にちが経っているではないか。
「とりあえず開けて見たら。」
 母に言われ包みを解いてみると包みの中にもう一重包みがされていた。そこには旅館とは違う住所と、名前が書いてあった。名前は、湊 健一と書いてあった。

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