7月末からホリデーに行くので、それまでに此の旅行記を書き上げてしまいたいと思っている。それで1日に2-3日分のブログを書き上げるので、必ず前の日の分も見ていただきたい。
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ジュラのキャンプサイトで2泊した後いよいよ未知の世界ルーマニアを訪れることに。いつも知らない国に入国するときにはちょっぴりの不安と大きな期待を持ってゆくが、ここルーマニアへ入る前に出会った多くのキャンパーの人たちは誰も行ったことがなく情報不足、国境では私のパスポートに不審があると30分以上も足止めされ、何人もの入国管理官が話し合い、電話をかけ、2回も聞きに来て不安でどきどきしながら待っていた。やっと入国スタンプを押してくれ入国したときにはほっとしたが、同時に今まで経験したことのない長い時間だったから、この国に嫌悪感をもった。

ルーマニアもハンガリー寄りは地平線まで見える平野が続き時々通るトラックはいっぱいのとうもろこしを運んでいた。ハンガリーの国境と平行に走っている道路はまったく平野の中を走っていて村や町など長い間見えなかった。



途中道路工事で一車線のところがあり、信号で停まると12,3歳から3歳までくらいの薄汚い子供たち6-7人がはだしで道端から湧き出てきた。哀れな目つきで車の窓へ来て物乞いをする。同じ道路でこんな信号が3箇所ありそのたびに子供たちが待っている。ルーマニアはこんなに貧しいのかと愕然とした。同時に哀れさとこのようなキャンパーで旅行している気恥ずかしさでハンガリーへ戻りたいと心から思った。考えてみればその辺りには村も家も見当たらないから、ジプシーの親が朝子供たちをここに連れて来て物乞いさせているのであろう。

こんな一旦停車場所に、ジプシーの子どもたちが隠れている。

此の子達は学校帰りの子どもたちらしい。服装からして違う。

やっと銀行のある大きな街を通ったので銀行近くのメインロードにキャンパーを停めキャッシュマシーンでお金を下ろそうとするが出てこない。銀行の中に入って聞くと、この機械はカードが読めないからだと複雑な手続きをとってルーマニアの現金をやっと手にした。銀行から出てくると16-7歳にも見える若者がキャンパーの横で待っていて”マダム!マダム!”と叫ぶ。ここでも恥ずかしくもなく物乞いがと思ったら、ますますこの国が嫌になった。


ルーマニア最初のキャンプサイトはハンガリーの北の国境から入るとそれほど苦労なく見つけられることが判った。(私たちが入国した国境線はそこより100Kmほど南になる)。ここアポロキャンピングサイトは温泉地のすぐ横にあり温泉街のはずれだった。小さな町だがマーケットとお土産店が並びただ一本のメインロードを端から端まで歩いても1時間もかからない。でも国境線の道路で見たような貧しい子供たちは一人も見えず、物乞いは何処にも見当たらない。通りの向こうに大きなアパートがそびえ窓に洗濯物が翻っているのが先進ヨーロッパ諸国とは違うようだ。




この小さな町に教会が2軒もあり、板屋根の教会の中ではたくさんの人が集まってお祈りの最中だった。中に入りきれない人のためドアの外にスピーカーがついてお祈りの言葉が漏れていた。
上の写真は教会の屋根で、瓦が木片でできている。日本ならすぐに腐ってしまいそうなものだが、気候が乾燥しているから心配ないのかもしれない。
キャンプサイトには3台の大きなドイツのキャンパーとオランダ車1台が停まっており、片言の英語のできるドイツ婦人によれば、ルーマニアには団体キャンパーツアーで3週間回ったという。物乞いは国境と首都だけで、国民は大変友好的と絶賛。やっぱり団体は違うのかもしれない。この日で団体は解散して明日はハンガリーを周ってゆっくり帰国すると言っていた。この婦人にいろいろキャンプサイトのありかを教えてもらった。