《あらすじ》
1
20XX年が舞台。十万馬力のロボット、アトムの存在が否定され、ロボットのパワーが制限されている時代。
人間のマリアがロボットのアズリと恋仲になる。
マリアに横恋慕するタケ(人間)が、ロボットのアズリを棒でたたき殺す。
2
「ロボットは人間に反抗してはならない」とのロボット法が、ロボットに適用される。アズリは、人間タケに反抗できない。
ロボット法に違反すれば、ロボット取締機関がロボットを捕獲し、破壊する。
3
アズリが殺されたことを知ったロボットたちが、復讐を決意。彼らは、人間のタケを襲い暴行し、まさに殺そうとする。
アズリの親友のロボット、トキオが、「殺されたアズリは復讐を望んでいない」と訴える。「暴力と復讐は何の解決も生み出さない。アズリは愛の力を信じようとした!」とトキオ。
4
反乱したロボットたちのリーダー、ダッタンは、十万馬力のロボット、アトムをよみがえらせ殺人兵器として、人間たちを攻撃、打倒することを計画。
アトムは、秘かに神楽坂博士の屋敷に隠されていたので、ロボットたちが攻撃し強奪。
ところが、そのアトムは心にあたる電子頭脳を持たない抜け殻。
5
ダッタンは、非合法に強力なパワーを持つ改造ロボット。改造者は元科学者スーラ。
アトムを殺人兵器として蘇らせるとの計画は、元科学者スーラの入れ知恵。
スーラは神楽坂博士に私怨があるので、その復讐のため。
6
アトムの電子頭脳=心臓は、神楽坂博士によって、実は、ロボット、トキオに埋め込まれていた。
元科学者スーラが、ロボットのトキオを破壊・分解し、そのアトムの電子頭脳=心臓を取り出そうとする。
アトムの抜け殻に、それを、埋め込み、殺人兵器アトムを作り出すため。
7
ダッタンは、元科学者スーラが、トキオを破壊・分解しようとすることを許せない。
またダッタンは、「暴力と復讐は何の解決も生み出さない」とのトキオの訴えにも同意する。
ロボットのダッタンは、元科学者スーラを攻撃。トキオの破壊・分解を阻止。
さらにダッタンは、殺すつもりだった人間タケを、殺さず釈放する。
仲間のロボットたちも、ダッタンに同調する。
8
人間のスーラに対するロボット、ダッタンの攻撃は、ロボット法の侵害。
ここで、ダッタンが告白する。「強力なパワーを持つ改造ロッボット、ダッタンは、元科学者スーラによる改造の際、リモコンによる自爆装置が内蔵されている!」と。
人間に反抗したダッタンは、リモコンで自爆させられる。
《観劇者の感想》
(a)
ダッタン以外の、反抗したロボットたちは、どうなるのだろうか?ロボット取締機関が、彼らを捕獲、破壊するだろう。反乱の失敗である。反乱者全員の処刑である。
(b)
「ロボットは人間に反抗してはならない」とのロボット法の廃止はありうるのか?
アメリカの公民権運動の非暴力の立場がモデルとなりうる。
(c)
さて、この『ミュージカル アトム』ではロッボットは心を持つ。定義的には、ロボットは心を持たないはずである。心を持つのは人間である。
だから、ここでは、ロボットと言いながら、実は、人間の二つのグループの間の問題を扱っている。
つまり差別の問題である。
(d)
差別的な法であるロボット法の廃止は、公民権運動のように非暴力的立場から追求されることによって、可能となるだろう。
(e)
さらにロボットが、心を持つ限りでは、ロボットは人間として定義される。人間であれば、ロボットにも生命・自由・幸福追求の権利が認められる。
ロボットの人権宣言のみが、ロボットが任意に破壊・分解されることを防ぐ。
(f)
しかしロボットを使って、人間同士の差別の問題を扱うのは、定義的に誤りである。。
ロボットは人間でなく、心を持つことがない。
ロボットは、永遠に人間ではない。それは機械である。それは感情や意思を持たない。
心を持つロボットは、白い黒色と同様、不可能である。
(g)
「ロボットは人間に反抗してはならない」とのロボット法は、条文そのものが、すでに、定義的に誤りである。
ロボットは定義的に、感情も意思もない。したがって、ロボットが「反抗」という意思を持つことは、そもそも想定できない。
(h)
ロボットが「愛」を訴えることは、定義上、ありえない。
つまりアトムが「愛」を訴えることは、定義上、ありえない。
しかし、人間は、定義上、心を持つから、「愛」を訴えることができる。
だから、「愛」を訴えるアトムは、実は、ロボットでなく、人間である。
(i)
かくて結論。『ミュージカル アトム』は、ロボットの物語でなく、人間の物語である。