《ストーリー》
1
狼が赤頭巾を襲う。ところが赤頭巾の方が強い。狼は負けて泣き出す。
「昔、狼に襲われたので、その後、護身術をならった」と赤頭巾。
今回、赤頭巾を襲ったのは、草食系の弱虫狼。
1-2
「仲間を見返しなさい!」、「強くなりなさい!」と赤頭巾。
草食系狼は、赤頭巾を先生にして修行に励む。「強くなって、弱い者いじめをするのでなく、強い者と戦いなさい!」と赤頭巾。
持久走、重量挙げ、格闘術、滑舌(議論に勝つため)の訓練。
2
修行中、赤頭巾のおばあちゃんがやってくる。赤頭巾のそばに狼がいるので、狼をおばあちゃんが襲う。おばあちゃんも護身術を身につけ強い。赤頭巾が事情を説明。
3
数ヶ月後、赤頭巾先生のもとで、草食系狼の修行も終了。「仲間の狼もびっくりするくらい強くなったわ!」と赤頭巾。
「本当に強くなったんでしょうか?」と草食系狼が言う。
4
ここに、兄狼が登場。「人間と仲良くするなど、そして人間になろうとするなど、狼のカザカミにおけない!」と兄狼。
兄狼が、赤頭巾を殺そうとする。また赤頭巾を助ける弟狼(=草食系狼)をも殺そうとする。
しかし戦いの末、弟狼が、兄狼を倒す。兄狼は負傷し倒れる。
4-2
赤頭巾は兄狼を殺そうとする。
「兄を殺さないでくれ」と弟狼。
兄狼は負傷した体で去って行くが、「人間と仲良くする弟狼など、許さない。お前は狼の仲間でない!」と言う。
5
弟狼は「敵に情けをかけてしまった!」、「自分は弱い狼だ!」と言う。
5-2
「兄狼のことを大切に思うなら、負傷した兄狼のところに、すぐ行ってあげなさい!」と赤頭巾。
弟狼は、兄狼の後を追う。
赤頭巾が「弟狼さん、あなたは弱くない!」と叫ぶ。(幕)
《観劇者の感想》
(a)
演技は迫真性があった。とくに格闘場面がよかった。
(b)
テーマは倫理の特殊性と普遍性。弟狼と赤頭巾には、倫理の共通性がある。弟狼と赤頭巾は、倫理の普遍性を信じる。 狼と人間に共通の倫理がある、つまり共通の普遍的倫理があると信じる。
兄狼は、狼と人間に共通の普遍的倫理を信じない。兄狼は、内集団と外集団を区別し、倫理には境界があると信じる。「人間と仲良くする弟狼など、許さない。お前は狼の仲間でない!」と兄狼。内集団が終わるところで倫理も終了する。倫理の特殊性。
(b)-2
しかし倫理の特殊性が存在する限り、つまり狼の倫理と人間の倫理が共通であり得ないと、狼の側が考える限り、普遍的倫理も、ただ普遍的だと信じられたにすぎない特殊的な倫理になる。
(c)
弟狼と赤頭巾の普遍的倫理の領域においても、倫理的に異なる立場がある。
① 草食系と肉食系(武闘系)のどちらが正しいかの問題。赤頭巾は肉食系、弟狼は草食系。弟狼は、肉食系(武闘系)の道を、赤頭巾先生のもとで突き進むが、「本当に強くなったんでしょうか?」と免許皆伝の日に、赤頭巾に問う。
② 「強い」とはどういうことかの問題が、ここで提示されている。「強い」とは、ここでは「倫理的な正しさ」のことである。
(d)
また、定義の適用の問題がある。つまり兄狼を「敵」と定義するのか、「兄弟」と定義するのかの問題。
傷ついた兄狼を赤頭巾は、敵だから殺そうとした。おばあちゃんも、弟狼を敵と思い殺そうとした。つまり敵とは、殺すべきものと定義され、その定義を兄狼に対し、赤頭巾もおばあちゃんも適用した。
(d)-2
しかし弟狼は、「兄を殺さないでくれ」と言う。兄狼を「敵」と定義すれば、兄狼を殺さない弟狼が、「敵に情けをかけてしまった!」、「自分は弱い狼だ!」と言うのは当然である。
(d)-3
しかし赤頭巾が別の視点を提示する。つまり「敵が同時に兄弟である場合、敵の定義と兄弟の定義のどちらを優先させるべきか?」という視点である。
弟狼は、兄狼に、「敵」の定義を適用しないで、「兄弟」の定義を適用した。
赤頭巾は、弟狼のこの選択を支持する。兄狼を「敵」でなく「兄弟」と定義すれば、赤頭巾の言うとおり、「兄狼のことを大切に思うなら、負傷した兄狼のところに、すぐ行ってあげなさい!」、「弟狼さん、あなたは弱くない!」との発言になる。
(e)
しかし決定的な問題が残る。兄狼は、弟狼に対し「お前は狼の仲間でない!」と言った。弟狼は「外集団」の成員と定義された。
そもそも、狼にとって人間という「外集団」は、同時に「敵」でもあるから、今のままでは、弟狼が兄狼に受け入れられる可能性は小さい。
ただし弟狼が、「外集団」の成員でも「敵」でもなく、「内集団」の成員でしかも「兄弟」と、兄狼によって定義し直されれば、弟狼は兄狼に受け入れられるだろう。
なお、この場合、「敵」の定義および「兄弟」の定義は、人間でも、狼でも、共通と仮定する。