季節を描く

季節の中で感じたことを記録しておく

“古代ギリシャ展”東京国立博物館(2016/06/28)

2016-06-29 12:36:49 | Weblog
①アポロンの姉で、狩りの女神「アルテミス像」が、良かった。気丈で賢そう。そして〝究極に美しい〟!(前100年頃)
②「漁夫のフレスコ画」は3700年も前のものなのに、色が鮮やかで驚いた。若者の髪型が不思議。2房残して全部髪の毛を剃っている。(前17世紀)
③「牛頭型リュトン」は精巧。緑泥石の砂岩風の感触が生気を感じさせる。(前1450年頃)


④シュリーマンが発掘した710枚の「円形飾り板」の一部が展示されている。「黄金のミュケナイ」(ホメロス)を思い起こさせる。(前16世紀)


⑤マケドニア王国は、金を豊かに産出した。「ギンバイカの金冠」が輝く。(前4世紀末期)

“オートクチュール展”三菱一号館美術館(2016/05/02)

2016-05-04 10:59:50 | Weblog
クリスチャン・ディオール《パルミール》1952年秋冬(ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵):第2次大戦が終わって、戦後の時代への転換を引き起こした偉大な作品。戦時中、フランスはナチス・ドイツに占領され、布地は不足、女性たちは肩パッド入りの質素な服を着た。そんな暗い時代の雰囲気を、ディオールが吹き飛ばした。


クリスチャン・ラクロワ《クー・ド・ルーリ》1991年秋冬(ガリエラ宮パリ市立モード美術館蔵):19世紀後半、オートクチュールの基礎を築いたとされるウォルト。彼はスカート背部をふくらませた「バッスルスタイル」を生み出す。そのウォルトに敬意を捧げ、クリスチャン・ラクロワが、デザインしたドレス。

『安田靫彦展』東京国立近代美術館(2016/04/28)

2016-04-29 10:20:50 | Weblog
「守屋大連」(愛媛県美術館)1908年(24歳):安田靫彦(1884-1978)の初期の作品。極めてリアル。飛鳥時代、仏教の受容をめぐり、排仏派の物部守屋と崇仏派の蘇我馬子の争いがあった。587年、両者の戦いで守屋が殺される。ここでは戦い前、守屋の怒りと激烈な闘志が、描かれている。


「飛鳥の春の額田王」(滋賀県立近代美術館)1964年(80歳):額田王は、大海人皇子(弟)に嫁し十市皇女を産むが、他方で、兄の中大兄皇子(後の天智天皇)にも寵愛される。額田王は、飛鳥で、大海人皇子と中大兄皇子の両者から、愛されていた。(※なお天智天皇の近江宮は667-672年。天智天皇の死後、その子の大友皇子を、672年、壬申の乱で大海人皇子が倒し、天武天皇となる。都は、飛鳥へもどる。)

『明治座 四月花形歌舞伎』「芦屋道満大内鑑」「葛の葉」「末広がり」「女殺油地獄」(2016/04/19)

2016-04-19 19:26:18 | Weblog


「芦屋道満大内鑑(アシヤドウマンオオウチカガミ)葛の葉(クズノハ)」(女房葛の葉・葛の葉姫 中村七之助)
 安部保名に一命を助けられた白狐は、保名の許嫁の葛の葉姫に化け、保名と所帯をもち、一子をもうける。(この子が、晴明。)しかし本物の葛の葉姫が現れたことにより、子を保名に托し、狐の葛の葉は去る。障子に「恋しくば尋ねきてみよ和泉なる信田の森の恨み葛の葉」という別れの歌を残す。悲しい話。子を両手に抱き、口に筆をくわえ、歌を書く葛の葉があわれ。畜生のためか、左手に筆を持って書いたときは、裏文字。

狂言「末広がり」(太郎冠者 中村勘九郎、万商人 中村国生、分限者宝斉 片岡亀蔵)
 祝言を挙げる娘福子のお祝いに、分限者宝斉より末広がり(扇子)を買い求めるよう命じられた太郎冠者。ところが、末広がりが何か分からない。都へ赴いた太郎冠者は、万(ヨロズ)商人の口車に乗せられ、末広がりの代わりに傘を、売りつけられてしまう。さらに福子へのお土産として毬を買う。傘と毬を持ち帰った太郎冠者が、主人宝斉を説得する様子が、面白い。踊りが楽しい。

近松門左衛門作「女殺油地獄(オンナゴロシアブラノジゴク)」(河内屋与兵衛 尾上菊之助、お吉 中村七之助)
 大店河内屋の息子与兵衛は、放蕩三昧で借金に追われる。今日も喧嘩のはずみで、侍に無礼を働く。そして与兵衛は、継父の徳兵衛や妹おかちにも、手をあげる。見かねた母おさわが、与兵衛を勘当し追い出す。その晩、借金の返済に困った与兵衛は、同業の油屋の女房お吉を頼ろうと、店を訪れる。どんなに頭を下げても金を貸さないお吉を、与兵衛が殺し金を奪う。刹那的に生きるチンピラ風青年の自己中心的殺人。

“恩地孝四郎展”国立近代美術館(2016/2/18)

2016-02-19 19:45:56 | Weblog
恩地孝四郎(1891-1955)は、日本における抽象美術の父と呼ばれ、木版画近代化に貢献した。
いずれの作品もユニークで魅力的だった。

『音楽作品による抒情』シリーズが、もっとも気に入った。
《ドビュッシー「金色の魚」》(1936):色と形の向こうに、心のうちの感情。その向こうに、その感情を呼び起こした音楽が思い起こされる。


虫や魚に向ける目が、優しい。
《春の譜》(1944):芋虫とテントウ虫がかわいい。 

戸栗美術館 “鍋島焼展” 2016/2/04

2016-02-05 08:30:40 | Weblog

17世紀初頭、佐賀・有田に伊万里焼が誕生。その技術を発展させ、17世紀中頃に鍋島焼が創出された。

「色絵十七櫂繋ぎ文皿、鍋島、江戸時代(17世紀末~18世紀前半)」:櫂のがらが珍しいお皿。見ていて楽しい。


「色絵壽字宝尽文八角皿、鍋島、江戸時代(17世紀末~18世紀初)」:宝尽くしは、いつ見てもめでたい。隠れ笠・隠れ蓑、丁子、 宝珠、打ち出の小槌、金嚢(きんのう)・宝袋、宝鍵(ほうやく)、巻物、軍配、分胴、七宝or花輪違いなど。


「青磁瓜形香炉、鍋島、江戸時代(18世紀)」:おいしそうな瓜。色が美しい。

「英国の夢 ラファエル前派」展 、Bunkamura ザ・ミュージアム(2015/12/25)

2015-12-27 11:44:16 | Weblog
 1847年、イギリス、ヴィクトリア朝期、「ラファエル前派Pre-Raphaelite Brotherhood 」が、ロセッティ、ハント、ミレイにより結成された。反アカデミズム、したがって「ラファエロ以前に戻る」と標ぼう。「自然に忠実に」が標語。
 反時代的に、古代神話、ダンテ、ボッカッチョ、また中世のアーサー王伝説などに題材をとる。もちろん彼らも現実の苦悩、愛、希望に生きる。この断層が、繊細優美な唯美主義、謎めく象徴主義を生んだ。「表現の美しさが現実の欲望を旧(ふる)い主題のなかに生きさせた」。(木島俊介氏)

 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「シビラ・パルミフェラ」(1865-70):玉座に座るヤシの葉を持つ巫女。ヤシは美の勝利を表わす。左側に愛のクピドと薔薇、右側に死のポピーと頭蓋骨。蝶は魂の象徴。


 「ラファエル前派」第二世代と言えるのが、バーン=ジョーンズ、ウォーターハウスである。
 エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」(1891):旧約聖書の「雅歌」が主題。花嫁の脇に純潔を表す白ユリ。空中に擬人化された北風と南風。(ボッティチェリ「ビーナスの誕生」に似る。)花嫁は愛の不安を暗示するかのよう。


 ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「エコーとナルキッソス」(1903):ギリシャ神話の美少年ナルキッソスと妖精エコーの物語。
 エコーは、ゼウスのため、ヘラの監視を逃れる手伝いをし、ヘラの怒りを買う。エコーは、相手が最後に言った言葉を繰り返すことしかできないように、されてしまう。
 そのエコーが、ナルキッソスに恋をする。彼女は、自分の愛を伝えようとするが、まともに話ができず、手ひどくふられる。ショックを受けたエコーは、洞窟に閉じこもり、最後には声だけとなる。
 復讐の女神ネメシスは、ナルキッソスがエコーの愛を踏みにじったことに怒り、彼が自分しか愛せないよう呪いをかける。ナルキッソスは、泉に写る自分自身に恋い焦がれて死に、水仙となる。
 水辺の草花にラファエル前派流のウォーターハウスの精確な自然描写が見られる。

「始皇帝と大兵馬俑」展 、東京国立博物館(2015/12/17)

2015-12-18 11:46:20 | Weblog
「玉胸飾り」西周時代(前10~前9世紀):孤形や動物形の玉と、瑪瑙の管や珠の胸飾り。西周王朝で王侯が身につけたもの。春秋時代の秦は、西周の青銅器や玉器にあこがれ、その多くを取り入れた。青白色の玉と赤い瑪瑙の対比が美しい。


「玉剣・金剣鞘」春秋時代(前8~前7世紀):玉製の短剣と金製の鞘。芮という秦に隣接した国のもの。青銅製で同形の短剣と金器が、秦と北方草原の墓で出土する。


「両詔権」秦時代(前3世紀):始皇帝は、天下統一後、度量衡統一を行った。権は重量の規準となる重り。青銅製のこの権は、始皇帝の詔勅と二世皇帝の詔勅が刻まれ、両詔権と呼ばれる。


兵馬俑は、始皇帝の一つの軍団を写したもの。そのため、将軍、歩兵、騎兵など様々の将兵からなる。
「将軍俑」秦時代(前3世紀)秦始皇帝陵1号兵馬俑坑出土: 湾曲した冠と丈の長い、房飾り付きの鎧を身につける。組んだ両手の下には、剣を立てていたという説がある。


「歩兵俑」秦時代(前3世紀)秦始皇帝陵1号兵馬俑坑出土:軽装備の戦士。髷を高々と結い上げ、髭をたくわえた戦士。上着を革帯で留める。歩きやすいよう丈の短いズボンに脚絆を着用。当初は右手に弩弓を持っていたと推測される。





“風景画の誕生:ウィーン美術史美術館所蔵”展 Bunkamura ザ・ミュージアム(2015/11/27)

2015-11-28 09:52:39 | Weblog
レアンドロ・バッサーノ《5月》1580-85年頃/油彩・キャンバス:月暦画連作のうち5月。農民がチーズを作っている。今年、4月に訪れたアムステルダムのダム広場近く、そこのチーズ屋さんのチーズと同じ丸いチーズ。農民が太っていて豊かそうでハッピー。月暦画は季節を描くので、背景の風景も重視される。


マルテン・ファン・ファルケンボルフ《東方三博士の礼拝(1月)》1580-90年頃/油彩・キャンバス:聖書の場面を取り入れた月暦画連作。1月なので、聖母子と三博士の背景は、スケートや焚火に興じる人々が描かれている。フランドルの風俗画・風景画的である。17世紀にオランダを中心とする文化圏で生まれた「風景画」の前史。


カナレット(通称)《ヴェネツイアのスキアヴォーニ河岸》1724-30年頃:これは完全に風景画である。浮世絵的な意匠性はない。写実!数年前、スキアヴォーニ河岸を歩いた。懐かしい。絵の正面のサン・マルコ広場の鐘楼が、遠くからでもよく見える。300年近く前なのに、今と同じ風景。

“SHUNGA 春画展 ” 永青文庫(2015/11/24)

2015-11-26 18:01:46 | Weblog
春画の歴史が古いことに、驚いた。
しかし、考えてみれば、人間は動物であり、性行為をするよう身体が構造化されているから、性行為が絵画化され、興味を持たれるのは、当然である。

春画が、江戸時代になるまで、上層の者たちだけに、享受されたのは、絵画が商品として高価だったからである。
相対的に廉価な版画が成立し、また生産力・経済力が向上した江戸時代に、誰もが興味をもつ性行為を描いた絵画(春画)が、普及した。
当然、需要は盛んであるから、品質が良ければ、商売として、十分に成り立つ。

絵師たちは、もちろん糊口の資を得るため、絵を描いたのだが、彼らの芸術家あるいは職人的プライドが、素晴らしい春画を生み出した。
春画なので、いい加減なものもあるのではと思ったが、商品としての競争に勝ち残った作品のためか、いずれも真面目、丁寧、真摯な筆致で、感動する。
内容は、事実的図鑑的であったり、ロマン主義的であったり、様々だが、いい加減な作品がなく敬服する。

もちろん、煽情性もあって、人を興奮させる威力は、確かである!

大変、興味深い、展示だった。
作品展の開催を引き受けた永青文庫の勇気に、感服します。


(狩野派「欠題春画絵巻」/紙本着色/1巻/江戸時代(17世紀前期)/大英博物館蔵)