福岡に冬到来!
昨日『福岡国際マラソン』が開催されました。
第64回 福岡国際マラソン選手権大会 2010・12・5
↑家の前で撮りましたよ。5キロ付近です。
毎年、第一日曜日に開催されます。
この大会の歴史をまとめてみます。
本マラソン大会は、日本で「マラソンの父」と言われた金栗四三の功績をたたえる『金栗賞朝日マラソン』として第1回大会が1947年に金栗の地元熊本市で開催されたのが始まりである。2006年の大会はこれを基点として第60回記念大会としている。
第2回以降1954年までは、開催地を高松市、静岡市、広島市、福岡市、宇部市、名古屋市、鎌倉市と毎年変えて続いた。 (なお鎌倉で行われた第8回大会は日本初の外国選手を招待したマラソンであった。)
第9回大会から『朝日国際マラソン』と名称を変え、第11回大会以降開催地が福岡市に定着した。 (第11回から平和台陸上競技場~雁ノ巣折り返しのコースが多少の変更を経ながら第38回まで長い間親しまれてきた。)
1966年、日本陸連は世界陸連(IAAF)に対して世界選手権の開催を提案し、実質的に世界一を決める国際マラソン選手権として本大会が充てられることになった。 その結果第20回大会から“Open Marathon Championship”として選手権 (Championship) を名乗る唯一の国際レースに生まれ変わった。
1974年の第28回大会より福岡の名前を冠して福岡国際マラソン選手権となり現在に至っている。
雁ノ巣折り返しのコースは海風の影響を受けやすいことから、第39回より海の中道の部分をカットし市の南西部の市街地を周回するコースに変更された。第45回からコースが和白丘折り返しから香椎折り返しになり海沿いの部分がさらに短縮され好記録の出やすいコースに変更されている。
日本人選手にとっては、オリンピック、世界選手権、アジア競技大会など、大きな国際大会の代表を決定する男子三大レースの第1弾に位置づけられている(ほかの2つは、東京マラソンとびわ湖毎日マラソン)。
1974年の第28回大会から、名称が「福岡国際マラソン」になり、
そして、
1985年の第39回大会から、家の前を走るコースになったのですね。
なるほど。
平和台陸上競技場を出発した選手たちは、家の前には、10分程で到達します。
目の前を走り過ぎる選手の皆さん
ムービー見て~。ね、すっごく、速いでしょう。
たっ!たっ!たっ!たっ!
まるで、短距離走のようです。
しゅ~ん。しゅ~ん。と、進行するので
先頭から、最後尾の選手までムービーに納めるのに
さほど、時間はかかりません。
昨日は、その間、5分ちょっと!です。
昨日は、好天気。この季節にしては、気温も高かった。
けど~
このマラソンの頃になると
ああ、冬がやって来たなあ!と、実感します。
さてさて、これで 一つ、冬の行事が終わりました。
また
押し詰まりました。