うさぎ うさぎ
なに見てはねる
十五夜お月さん
見てはねる
これは童謡では無い わらべ歌である
作詞者、作曲者も不詳
曲名は………「うさぎ」である
では二番の歌詞は?
考えてみれば不思議な歌詞である
ウサギが跳ねる理由をいきなり聞いている
古人はうさぎが跳ねるのを見るのは日常そのものである
ウサギが跳ねるのは毎日のことであるのに
跳ねる理由が十五夜を見てということなら
ウサギは一年間に十二回しか跳ねないことになる
理不尽である
「ぞう」を題材にした童謡は
「ぞうさん ぞうさん お鼻が長いのね」と
鼻が長いことについて納得しているから問題ない
もしこれが「なぜ長いの?」との歌詞だったら
進化論や棲み分け論などが出てきてややこしくなる
因みに「うさぎ」に二番は無い
また野口雨情作詩の「十五夜」は馴染みがない
文部省唱歌なら何でも歌える不思議おじさんも
この歌を唄った覚えはない
http://www.youtube.com/watch?v=oQVOepp21Ko&feature=related
日本では月のウサギは餅を搗いている
決して跳ねてはいない
従ってこのウサギと月のウサギの結びつきは薄い
月にウサギが居るとの故事はインドに由来するらしい
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月にはうさぎが棲んでいるといいますが、
そのお話の元になったのは、インドのジャータカ神話です。
昔、インドに仲のいい、うさぎと狐と猿がいました。
彼らは自分たちの前世の行いが悪かったので
このような姿になったのだから、
せめて今からでも人のためになることをしようと話し合っていました。
それを帝釈天が聞いて感心し、彼らに善行をさせようと老人に姿を変え、
彼らの前に現れました。
三匹は善行を行う機会とばかりはりきって、
猿は木に登って木の実を集めてきましたし、
狐は川へでかけ魚を取ってきました。
しかし、うさぎは何も出来ないので、
老人に火を焚いてもらい、
「私は何も出来ません。せめて、私の肉を食べてください。」
と火の中に飛び込んでしまいます。
帝釈天は三匹の行いに感心し、
来世は人間にすることを約束します。
そして、特にうさぎの心は立派だとして、
黒焦げの姿を永久に月の中に置くことにしました。
これが月にうさぎの姿が黒く浮かび上がっている理由なのだそうです
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この故事でもウサギは跳ねていない
不思議なわらべ歌である
この酷暑を不思議おじさんの玄関で
毎夜毎夜冷やしてくれているのは
太陽光発電のこのおじさんである
孫には「季節外れやね」と言われたが
へそ曲がりの不思議おじさんの心が孫に響くのは
果たして何年後だろうか?!
さて 餡子の付いた月見団子を頂くこととする
この団子も 五穀豊穣を田の神に御礼するためのものである
何の生産もしていないのに 申し訳ないことである