後ろ歩きの不思議おじさん

あっちこっちにポケットを一杯もった不思議なおじさんの特技は後ろ向き歩き。その右往左往振りは滑稽で、ちょっぴりもの悲しい。

テロ

2009年02月23日 | Weblog
ある日のことだった
予感は確かにあった
その日が来るのではないかとの噂も
人々の口の端に上っていた

朝に家を車で出た
相変わらずの砂嵐で
フロントガラスは曇ったまま
けたたましい車の警笛はいつもの通りだ
二重、三重に駐車した車の間隙を縫って
なんとか大通りに出た

そしてものの50メートルほど走ったところから
車は全く動かなくなった
いつもののことだと高を括っていたが
鳴り響く車の警笛がますます大きくなるばかりで
全く車の動く気配は無い

そうだ 
ついに「その日」がやって来たのだ
車道の収容能力以上に
車の台数が増えたのだ
この国にはほとんど「駐車場」が存在しない
野放図に、車(それも大半は中古車)が増えるに任せた

おそらく今日以降は、まるでこの国の田舎の普通の光景のように
歩道をノバ車が行き来するだろう

なんて話をエジプトで聞いた。
首都カイロの人口は東京を上回る1700万人
レトロな車に趣味のある人は垂涎の地
中には高級車も交じるが、すべて砂を被っている

車線はあって無いが如く
かって日本にも「神風タクシー」と呼ばれる暴走運転が横行していたが
ここでは全ての人が暴走している
3車線を4台は当たり前、ときには5台が並走する
前の車との車間距離は異常、超ハイテクニック
怖くて、不思議おじさんの「和泉」ナンバーでも走れない
溢れる車と無法運転の洪水
ホテルから目と鼻の先のエジプト博物館に
タクシーを呼ばなければ行けない
なにせ歩行者用の信号はほとんど皆無である

さてカイロでテロがあったらしい
観光客に人気の市場ハン・ハリーリ
不思議おじさんも北から南まですべて歩いた
天王寺の新世界に通じる賑わい

フランス人の若い女性が犠牲になったらしい
観光産業に依拠するエジプトに対して
一種の警告と嫌がらせの意味があるのだろう
不思議おじさんが遭遇していた可能性もある

抑圧された者が取り得る行動は限られている
正論を吐いたところで通じることも無い
諭すようなことを言うつもりも、またその資格も無い

自分ができることを考えて、動くしかないだろう
道は遠い




アラビアの世界

2009年02月18日 | Weblog
٠ ١ ٢ ٣ ٤ ٥ ٦ ٧ ٨ ٩
車のナンバーが読めない!
ホテルのルームも
レストランのメニューも
アラビア数字である

アラビア数字とは
僕たちが慣れ親しんできた数表記のはず?!
冒頭の数字が読めるだろうか?
9から始まって0で終わっている
今なら苦もなく読める

エジプトから帰って来た1週間にもなるのに
激しい下痢に悩まされている
医師が処方してくれた薬も
まだ完全な効き目を表してはいない
加えて風邪をひいたらしい
39度近くまで熱が出て
5日間をほとんど寝て過ごした

たくさんの知らなかったことを知った旅だった
百聞は一見に如かずである
古代エジプトの世界に分け入った
そして貧しいエジプトの現実を知った
ただし、経済的には確かに貧しいが
ブータン国の主張するGNHで計ると
幸せな日常が垣間見えることもあった

永遠を信じて巨万の富を注ぎ込むファラオたち
「巨万」は伊達ではない
途方も無い人力による作業を伴った
現代の建築・美術技術をもってしても
そう簡単には再現できるものではないだろう
「死」は「再生」のスタートであると信じたからこそ
全ての富を注ぎ込めたのだろう

エジプトへの旅で時間を持て余したとき
ほんの一冊でもと思って関空で本を買った
老荘思想の解説本
執着せずに全てを捨て去ることを極みとする思想との対比が
10日間の旅をとても面白くしてくれた

写真はルクソールの夜明け
山の中央の懐にハトシェプスト女王葬祭殿がある
1997年のイスラム教徒のテロによって
日本人10人を含む61人が射殺された
山の向こう側に王家の谷がある
手前は河口から670km上流のナイル川である