成人式に思う

2014年01月03日 | 健康・病気

今日、私の勤める施設で成人式があった。
多くの成人は普通だが、中には・・・、そのことを書くことはやめます。
あの子たちは、どんな気持ちで成人式をむかえたのだろう?

私は、茨城の生まれた町で成人式を挙げた。
そのときのことをよく覚えていない。
たしか、親父から金をもらってスーツとコートを買ったような記憶がある。
いや、自分の金で買ったのかどうか、あやふやです。
私はいつもジーパンで暮らしていたからスーツなど持っていなかった。
夏なんて、サンダルで会社に通っていた。
上野のABABで慣れない買い物をした。
なぜ上野かといえば、そのとき勤めていた試薬会社が本郷三丁目にあったからです。
本郷から上野には歩いて20分ほどで行けた。
だから、なにかというと御徒町か上野に行った。

あの頃、私は何を考えていたのか・・・。
その1年前、大学に行くんだ、と予備校に通ったが、夏に挫折してやめた。
やはりボクシングに挫折した龍彦と毎晩飲んでいたと思う。
飲むったって、金がない私たちは、安酒をアパートに買って行って飲んでいた。
金がちょっとあるとやきとんの赤提灯の店だった。
3畳のアパートで飲んでいると目の前のギターを弾いていた。
それで龍彦はギターを覚えてしまった。
リコーダーもよく吹いていた。
(その頃、私はケーナを持っていなかった)
同じアパートの I さんがアルトリコーダーを吹いていたからです。
このひとは、これまでも何度か書きましたが、美大に行かずに自分で油絵を描いていた。
山谷へ週に2・3日日雇いに行き、あとは絵を描いていた。
いや、リコーダーを吹く合間にたまに描いていた。
リコーダーは、バッハ・ヘンデルなどのフルートの楽譜を吹いていた。
私と龍彦が、サバ缶ややきとんと酒を買ってアパートに帰ると、I さんがリコーダーを吹いていた。
そうすると私たちは、私の部屋に行かずに、I さんの部屋で飲んだ。
I さんの部屋には雑多な人がやってきた。
大学生・美大生・漫画家の卵・ホステス・一流会社のOL・水商売の男などなど。
飲みながら、恋の話、文学のこと、絵画、写真、演劇、映画、山谷の日雇いのこと、
人生のあらゆることを話した。
私は、彼らと会うまではそれほど小説など読んでなかったが、それから読むようになった。
映画・芝居も観るし、音楽も聴くようになった。
私にとってI さんの友人たちと話したことはものすごい刺激になった。

私の20歳のときはそんな暮らしをしていた。
そして成人式で出会った同級生たちが退屈だった。
その頃、小説を書きたいな、と思い始めた。
なのに今になってもだめなワタシです。

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