「ひだまりの家」の母

2001年05月05日 | 家族

5月4日の3時頃、ひだまりの家に着いた。
駐車場には、1台の車もなかった。
GWに、老人ホームは似合わない。
もっと、楽しいところに家族は行くのだろう。

女房の顔が引き締まった表情をしていた。
彼女にとって初めての特別養護老人ホームだ。
幅7、8メールほどの門扉をゆっくり開けて、中に入る。
玄関の扉が開いていた。
正月に来たときは、入所者たちの“逃亡防止”のために、
自動ドアの電源を切って閉めてあった。

受付にあったノートに、
私と女房の名前、住所、来所理由、訪問相手を書き、
母のいる部屋に行こうとして、
広い食堂に入ろうとしたら、そこの扉に鍵がしてあった。
どう入ったらいいか戸惑っていると、
女性の職員が来て、
「下のレバーを手で開けて、中に入ったら、
 この上にある鍵で閉めて、またそこにつるして下さい」
と教えてくれた。
以前は、玄関の自動ドアの電源を切っておけば、
手で開けるのは重いので年寄りには開けられない、
ということだった。
こうなったということは、
玄関の重い自動ドアを開けて“逃げた”老人がいた、
ということか。

食堂には、大勢の老人たちがテーブルに向かって坐っていた。
私と女房が入ると、老人たちの顔がいっせいにこっちを見た。
なんともいえない、うつろな視線だった。
広い空間には、演歌が場違いの音量でかかっていた。
おふくろの姿を探したがいなかった。
母の部屋に行く。
ドアに、「今年の目標」と書いた紙があった。
「明るく、楽しく暮らす」
と書いてあった。
他の部屋のドアを見るとなかった。
なぜ、母だけそんなものがあるのか。

母は部屋にいた。
私たちが入ると、ぽかんという顔をした。
分からないようだ。
「かあちゃん、来たよ。元気だった?」
いろいろ話しているうち、
母は、私のことを理解した。
しかし、どうも女房のことを分からないようだ。
そのうち、
「この人はどちらさんですか?」
と、母が私に訊いた。
「UとKの母親だっぺな」
「ああそうですか。遠いところわざわざすいません」
さっき、息子たちは大学3年になった、
と話していたのに、
UとKの母親といっても私との関係が分からないようだ。

私が、買ってきた笹だんごを食べさせていると、
職員の人がおやつを持ってきた。
牛乳とクッキーを3枚。
母は、カップいっぱいの牛乳を飲めないから飲んでくれ、
と何度も私にいう。
「少しづつでいいから、全部飲んだほうがいいよ」
といっても、
「いいがら、飲んでころよ」
とせがむ。
母は、せっかく来てくれた息子に、
何かを出したかったようだ。

30分ほどいて、
「明日もまた、来っからな」
といって、さびしそうな顔になった母をおいて、
私と女房は部屋を出た。

車に乗って、
「覚えてもらえてなくてザンネンだったな」
と、女房にいうと、
「しかたないよ。私なんかめったに会わないんだから」
と彼女は明るくいった。

今日は、兄と3人で行った。
兄が、お手玉をタンスの引き出しから出した。
それをやってるのを見て、
おふくろは笑っていた。
私もやってみたが、うまくできなかった。
兄は毎日来て、こうして母との時間を過ごしているのか。
今日も母は、女房のことを分からなかった。

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