女房とパンカーラ

2009年05月27日 | 健康・病気
今日は清瀬を7時半に出た。
車には、自転車を積んだ。
これから軽井沢を自転車であちこち行くんだ。
といってもママチャリです。
今回は女房も一緒です。
彼女は土曜日の早朝に高速バスで東京に帰る。
午後から仕事に行くらしい。

碓氷軽井沢ICには10時過ぎに着いた。
そして昨日計画したように、エルツおもちゃ博物館・
軽井沢絵本の森美術館に行った。
それから家に戻り女房が茹でた蕎麦を食べ、昼寝した。
2人とも疲れていたのか目覚めたのが4時過ぎだった。

千ヶ滝温泉に行った。
トンボの湯のちょっと先にある温泉でなかなかよかった。
温泉を出て、北軽井沢に向かった。パンカーラに行くのです。
今日は、アルコールが飲める。帰りは女房が運転するんだ。
と、喜んでいたら、浅間山の裾を登っていくうちに女房が、
「これじゃ、私運転できないわ。ヒサシくん飲まないで」とのたまう。
長野県から群馬県に行くときかなりの坂道で、急カーブの連続だ。
私としては、パンカーラに女房が行ってくれるだけで嬉しいので、
酒は我慢することにした。

私はなんとしても女房をパンカーラに連れて行きたかった。
これまで私が気に入った店に彼女を連れて行こうとしても、
なかなか行ってくれなかった。
そんな女房にどうしても行って欲しい素敵な店なんです。

午後7時前にパンカーラに着いた。
店の外観を見て、女房は大きな声で「素敵なお店」といった。
駐車場には車は1台も停まっていなかった。

私たちが最初の客だった。
以前九想話に書いた「パンカーラの男」のマスターがいた。
私のことを覚えていてくれた。前回と同じ席に坐った。
say1さんは、7時過ぎにやってきた。
4時頃彼に、今夜パンカーラに行くことをメールしていた。
私は、所有する全部のケーナとサンポーニャを持ってきていた。
自作のケーナ、Pintosのもの、河辺晃一制作のもの。
say1さんは、ケーナを何本も入れた大きな袋を車から持ってきた。
あ…おれも、いつもケーナを持ち歩かないといけないな、と反省した。

もう1人のマスターの奥さんが、
「今日は私が代行するからお酒飲んで」といってくれた。
say1さんと一緒に中軽井沢まで行ってくれるという。
それに甘えることにして私はビールの大ジョッキを飲んだ。
うまかった。

少しアルコールが入った勢いで私は立ち上がってケーナを吹いた。
「パンカーラの男」のマスターがチャランゴで伴奏をしてくれた。
「花まつり」を吹いた。チャランゴでの伴奏は初めてだ。
うれしかった。そのあと「コンドルは飛んで行く」をやった。
何度も指を間違え下手くそな演奏を終えた。
でも、チャランゴで伴奏してもらって吹けたことが楽しかった。
次、say1さんが吹いた。うまい。
ケーナの音が澄んでいた。マケた。
そのあと、「パンカーラの男」のマスターが吹き、
もう1人のマスターも吹いた。
女房は「プロみたい」と上機嫌で拍手をした。
みんなうまい。私は肩を落とす。
そりゃそうだよね。おれは、ろくすっぽ練習してないもんな。
とすねたくなった。
女房は、それぞれを褒めちぎり、私をけなした。
「私はこの人のケーナしか聴いてない。ケーナっていいですね」
(ハイハイ、どうせおれのケーナは下手ですよ)
それにしてもsay1さんとマスター2人のケーナはよかった。
マスター2人は、ケーナ・サンポーニャも吹けるし、ギター・チャランゴも弾く。
ところで私はなんでも中途半端。
ケーナ・ギター・陶芸・俳句、そして小説も!! カナシイ。
9時15分、パンカーラを出た。
帰るとき女房は「運転できますから大丈夫です」といって、
“運転代行”を断った。女房らしいな、と思った。
彼女としてはあの山道を運転するのは不安だったと思う。
でも、わざわざ中軽まで来てもらうには申し訳ない、と思ったのだろう。
霧の出てきた道を奇声を上げながら女房は運転した。
「ヘッドライトの遠目はどこ?」「ワイパーはどれ?」
なにしろほとんど日常は運転などしてない人です。
たまに車を運転するのは怖かったと思う。
私も怖かった。でも、なんとか中軽の社宅に着いた。
しかし、こんな幸福な時間を過ごせたことが素晴らしい。
大好きなフォルクローレを語れる人がいた。
これまで私がフォルクローレの話をしても、
聞いてくれる人などいなかった。
そして演奏が素晴らしかった。
こんど、パンカーラに行ったなら、
ぜひとも焼酎のボトルを入れておこう。
コメント
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