まい・ふーりっしゅ・はーと

京都発。演奏会や展覧会、読書の感想などを綴っています。ブログタイトルは、ビル・エヴァンス・トリオの名演奏から採りました。

京都市交響楽団 第672回定期演奏会

2022-10-16 13:45:33 | kyokyo
2022年10月14日(金)19:00 開演 @京都コンサートホール・大ホール
指揮 : 齋藤 友香里 / 独奏 : 小谷口 直子(クラリネット)/ 管弦楽 : 京都市交響楽団


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● ワーグナー : 歌劇「リエンチ」序曲
今回の定期演奏会のプログラム、披露される三曲は自らが選んだ、と齋藤友香里さん。オープニングは、聴衆の心を掴むには打って付けの「ザ・序曲」とも言うべき、ワーグナーの作品。ワーグナーの楽曲は、熱狂的なワグネリアンならずとも、心を震わせ、血湧き肉躍る圧倒的な力を有しています。

標題の「リエンチ」は、14世紀ローマの護民官を務めた実在の人物。彼の栄光と挫折、そして転落の人生(最期は、民衆の暴動により暗殺される)を描いた、全5幕のグランドオペラ。この作品に魅せられ、後の人生にまで大きな影響を受けたとされるのが、あのナチスを率いたヒトラーその人。たまたま偶然のことですが、護民官リエンチの人生と重なる部分も多く、運命の、歴史の不思議な力、因縁のようなものを感じてしまいます。

この曲の聴きどころは、打楽器の小気味よいリズムに乗って、まるで凱旋の行進曲のように、勇壮で堂々とした旋律がクライマックスを築く終盤部分。まさに「つかみはOK!」というような、齋藤=京響の演奏。

● ウェーバー : クラリネット協奏曲 第1番 ヘ短調 作品73
独奏クラリネットは、京響が誇る管楽器セクションの花形プレーヤーのお一人、小谷口直子さん。フル・オーケストラの合奏の中の、ごく短いフレーズであっても、「あ、小谷口さん!」と聴き分けられるほど、卓越した技量の奏者。また、演奏そのものだけでなく、ステージ上の所作も愛らしくてチャーミングで、老若男女問わずファンの多い楽団員さんです。

指揮者の齋藤友香里さんとは、小谷口さんのウィーン留学時代に、とある音楽祭で出会い、ビールを酌み交わした間柄だとか(プレトークで、齋藤さんがご紹介)。そのときの「いつか、協演できるといいね!」という会話が今宵実現することに!? その後のお二人の研鑽ぶりも含めて、ちょっとイイ話。

この作品は、当時のバイエルン王国の宮廷楽団のメンバーであったクラリネット奏者から依頼を受けて作曲されたもの。そのため、依頼者の技量の程を披露するべく、独奏パートが充実した内容になっています。それに応えた小谷口さんの演奏も立派なもの。何より、誠実に音楽と向き合い、一生懸命に、かつ楽しげに演奏される姿勢に、とても好感が持てました。このご時勢で、さすがに「ブラヴォー!」の声は制限されていましたが、それでも、彼女の演奏を讃える温かい拍手で包まれたホール内でした。

● メンデルスゾーン : 交響曲第3番 イ短調 作品56「スコットランド」
メンデルスゾーンは生涯に五つの交響曲を残していますが、この作品は楽譜が出版された順番が3番目ということで、第3番。しかし、作曲順としては彼が完成させた最後の交響曲ということになります。かつて、イギリスの出版社によって世に出されたという単純な理由で、「イギリス」と呼ばれていた交響曲もありますが、この作品は、メンデルスゾーンが実際にスコットランドを旅行中に得た着想を基に作曲されています。

明治以降、西洋音楽を導入した日本ですが、そのとき以来、現在までも人々の間で広く親しまれている楽曲の中には、スコットランド民謡を原曲とするものが数多く存在しています。スコットランドの気候風土、民族性や人情、はたまた歴史的な背景に共感を抱き、親和性を持たれている方も、たくさんいらっしゃると思います。この交響曲の中にも、そういうスコットランド情緒を湛えた旋律が随所に登場し、どことなく懐かしい気分に浸ることが出来ました。

「メンデルスゾーンは優れた風景画家だ」と言われるように、作曲者の描写力の素晴らしさが堪能できる曲想。ただ、日本人が好むところのベートーヴェン的な「苦悩から歓喜へ」というストーリ性に欠けるため、ほぼ切れ目なく演奏されるということも相まって、少し単調に聞こえるところがあるかもしれません。その点を考慮した上でも、すっきりとした響きで、快適なテンポで進行する、齋藤=京響の演奏だったと思います。私の個人的な希望を言えば、もう少しパンチ力というか、聴かせどころで決めきれる「決定力」が欲しいところか?

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京響は来シーズンから、第14代常任指揮者として、沖澤のどかさんをお迎えします。以下は、私の妄想。もしも、定期に客演する順番が、沖澤のどかさんと齋藤友香里さんとで入れ替わっていたとしたら、今回の常任指揮者の選定に影響を及ぼした可能性はあるのだろうか? 齋藤さんを讃える楽団員さんの反応にも温かいものが感じられたし、音楽的な相性も良さそうだったし…。人間の運命なんて、案外、そういう偶然性の要素で決まるところもあるし…。


コメント
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