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映画・演劇のレビュー

藤谷治『船に乗れ! Ⅰ 』

2010-12-29 20:27:10 | その他
 主人公の津島サトルという少年はなんとも嫌な奴だ、と最初は思った。だけど、中学3年生なんてこんなものかもしれない。自分に対してへんなうぬぼれを持っている。自信満々なくせに、それがみんなに理解してもらえなくって(しかも、本当はたいしたことないことが、ばれてしまうのも嫌で)いつも悶々としている。まだ何ものでもないけれども、自分なら何ものにでもなれるという自惚れを抱いている。それが無邪気というのではなくて、めちゃ鼻につく。哲学書なんか読みふけって、この世界のことなんかなんでも知ってる、とでも思っている。チェロを弾き、音楽家を目指す。しかも、金持ちのボンボンだ。

 そんな、とても鼻もちならない奴が、エリート高校である芸大付属への受験に失敗し、挫折する。そして、仕方なく3流の私学の音楽高校に入学する。ここから話は本格的に始まる。これは彼の高校3年間のお話だ。3巻からなり、各巻が1年間の話となっている。ということで、第1巻の『合奏と協奏』は高校1年生のお話だ。

 入学式から、その年の最後まで。誰もが経験することが丁寧に順を追って描かれていく。自分を特別だと思いたがっている年頃の子どものプライドとコンプレックスがとてもストレートに出ていて、だんだん彼のことが好きになっていく。プライドばかりが高くて金持ちのボンボンなのだけど、そんな彼が読んでいくうちにだんだん普通の高校生に見えてくるのだ。音楽科の高校生なんて、想像もつかない世界の子どもたちの姿がとても新鮮で、彼らと一緒にもう一度高校生活を送っている気分にさせられる。

 大好きな女の子(南枝里子)への伝えきれない想いが、描かれていく部分を読む。そのうちに、なんだかこいつが愛おしくなる。だから、彼女と共演する初めてのホームコンサートのシーンは、彼と共に幸せな気分になる。ささやかな幸せがそこにはある。

 

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