
7人の作家たちによる競作。初めて読む人2人を含むこのアンソロジーはけっこういい気分にさせられる。人生のスタート・ラインをどこに設定するか、というのは、個人個人の認識による。生まれる瞬間は自由に選ぶことはできないが、自分の人生が始まった、と実感する瞬間は自分で感じるものだ。まぁ、そんな大げさな瞬間なんてなかった、という人もいるだろう。だが、『はじまりの一歩』を自分で感じて、そこから自分は本当の意味での自分になったのだと、認識することって、大事ではないか。
さて、『その瞬間』は僕にとっては、どこだったんだろう? 改めて考えるなんて、それらしくはない。
高校のとき、8ミリで映画を撮っていた。映画を見るだけでなく作ること。それまでは考えもしなかったことをはじめた瞬間。あの時、きっと何かが変わったのだと思う。それまでは、自分が『何か』を作るなんて、考えもしなかった。だが、高校出会った漫画ばかり読んでいたTくんがいたからだろう。彼が後押ししてくれた。それからはずっと勉強もせず下手な映画ばかり作っていた。あの頃のことを思い出すことはない。思い出す必要はないからだ。いつも心の中にある。
あの頃からいつも一緒にいたSくんが亡くなった。ずっと30年以上一緒だったし、あの頃から今まで、すべてが途切れることなくつながっている。それだけに、ショックだった。自分たちの誰かが亡くなるなんて、もっともっと遠い先のことだと思っていた。なんだか、がっくりきた。最近ずっと体調もよくないし、歳だなぁ、なんて思ってたが、それどころではない。
変わることなく、自分らしく生きていけたらいい。いつまでも落ち込んでいても始まらない。
◆宮下奈都「よろこびの歌」
音大附属高校の受験に失敗した私は
◆福田栄一「あの日の二十メートル」
老人から水泳指導を請われて
◆瀬尾まいこ「ゴーストライター」
兄貴へのラブレター代筆を頼まれた俺
◆中島京子「コワリョーフの鼻」
数百年後、人類から鼻がとれる!?
◆平山瑞穂「会ったことがない女」
50年前の奇妙なできごと
◆豊島ミホ「瞬間、金色」
親友の子どもがこの世界に生まれた日
◆伊坂幸太郎「残り全部バケーション」
家族解散の日、秘密の暴露を行なう父・母・娘
7人の設定したそれぞれのラインは、彼らの個性をよく示している。特に最初の2本がおもしろかった。宮下奈都は先日の『遠くの声に耳を澄まして』に感心したのがだが、今回もとても微妙な心の動きを丁寧に切り取っており、豊島ミホや瀬尾まいこの良いときと、同じくらいのレベルに達している。今回のアンソロジーでの2人の作品より、僕はずっとこれがいい。音大付属の高校に落ちて、不本意なすべり止め高校に通うことになった女の子の死んだように生きる日々、そんな中、合唱コンクールの指揮者をまかされる。ほんのちょっとしたことで人は変われる。
福田栄一という人の小説は初めてだったが、これがまた心に沁みる。不本意な大学に入って(このパターンばっか)、やる気をなくしている青年が、暇つぶしで毎日通う市民プールで、ある老人と出会い、彼から水泳の指導をたのまれる。生きる時間の終わりが近い老人が悔いのない人生にするため、泳ぎ始める。
きっとほんの少しのことなのだ。それが何かを変えていく。伊坂幸太郎(映画『重力ピエロ』に乗れなかったのは彼のせいだ)とか平山瑞穂とかの小説を読んでいると、ああ、これはただのお話でしかないなぁ、と思うが、この2作品のように、ここには確かに人が生きていると実感できる作品を読むとうれしくなる。Re-born。ここから、もう一度何かが始まる。そんな実感を大切にしたい。
さて、『その瞬間』は僕にとっては、どこだったんだろう? 改めて考えるなんて、それらしくはない。
高校のとき、8ミリで映画を撮っていた。映画を見るだけでなく作ること。それまでは考えもしなかったことをはじめた瞬間。あの時、きっと何かが変わったのだと思う。それまでは、自分が『何か』を作るなんて、考えもしなかった。だが、高校出会った漫画ばかり読んでいたTくんがいたからだろう。彼が後押ししてくれた。それからはずっと勉強もせず下手な映画ばかり作っていた。あの頃のことを思い出すことはない。思い出す必要はないからだ。いつも心の中にある。
あの頃からいつも一緒にいたSくんが亡くなった。ずっと30年以上一緒だったし、あの頃から今まで、すべてが途切れることなくつながっている。それだけに、ショックだった。自分たちの誰かが亡くなるなんて、もっともっと遠い先のことだと思っていた。なんだか、がっくりきた。最近ずっと体調もよくないし、歳だなぁ、なんて思ってたが、それどころではない。
変わることなく、自分らしく生きていけたらいい。いつまでも落ち込んでいても始まらない。
◆宮下奈都「よろこびの歌」
音大附属高校の受験に失敗した私は
◆福田栄一「あの日の二十メートル」
老人から水泳指導を請われて
◆瀬尾まいこ「ゴーストライター」
兄貴へのラブレター代筆を頼まれた俺
◆中島京子「コワリョーフの鼻」
数百年後、人類から鼻がとれる!?
◆平山瑞穂「会ったことがない女」
50年前の奇妙なできごと
◆豊島ミホ「瞬間、金色」
親友の子どもがこの世界に生まれた日
◆伊坂幸太郎「残り全部バケーション」
家族解散の日、秘密の暴露を行なう父・母・娘
7人の設定したそれぞれのラインは、彼らの個性をよく示している。特に最初の2本がおもしろかった。宮下奈都は先日の『遠くの声に耳を澄まして』に感心したのがだが、今回もとても微妙な心の動きを丁寧に切り取っており、豊島ミホや瀬尾まいこの良いときと、同じくらいのレベルに達している。今回のアンソロジーでの2人の作品より、僕はずっとこれがいい。音大付属の高校に落ちて、不本意なすべり止め高校に通うことになった女の子の死んだように生きる日々、そんな中、合唱コンクールの指揮者をまかされる。ほんのちょっとしたことで人は変われる。
福田栄一という人の小説は初めてだったが、これがまた心に沁みる。不本意な大学に入って(このパターンばっか)、やる気をなくしている青年が、暇つぶしで毎日通う市民プールで、ある老人と出会い、彼から水泳の指導をたのまれる。生きる時間の終わりが近い老人が悔いのない人生にするため、泳ぎ始める。
きっとほんの少しのことなのだ。それが何かを変えていく。伊坂幸太郎(映画『重力ピエロ』に乗れなかったのは彼のせいだ)とか平山瑞穂とかの小説を読んでいると、ああ、これはただのお話でしかないなぁ、と思うが、この2作品のように、ここには確かに人が生きていると実感できる作品を読むとうれしくなる。Re-born。ここから、もう一度何かが始まる。そんな実感を大切にしたい。