習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『花の袋』

2010-04-01 19:48:27 | 映画
 こういうタイプの青春映画で2時間28分という上映時間は異例だ。商業映画に於いてかって1度もなかったはずだ。これは一見すると高校生の日常生活を描いていくどこにでもあるたわいもない映画に見える。ただの甘く優しいだけの映画に見えないこともない。だが、そうではない。

 アイドルものとして、この手の青春映画は、飽きることなく毎年何本となく作り続けられてきた。その中にはたくさんの傑作もある。(最近の映画では豊島ミホ原作,岩田ユキ監督の『檸檬のころ』が一番好きだ。)だが、今回紹介する映画はそんな商業映画ではない。自主製作による作品だ。だから、先に書いたような上映時間が可能になったのである。だが、この作品はそのへんに転がってるような安易な青春映画とは一線を画する。このまま劇場公開しても問題がないレベルだ。そのくらいにきちんと作られてあるし、商業映画のような口当たりの良さを併せ持つ。一切手抜きや、妥協がないのがすばらしい。だが、問題はそんなことではない。

 高校1年の初夏から始まり、翌春までが描かれる。(これも定番だ)3人の少女たちと、彼女たちが好きになる少年が主人公だ。さらには、彼らを巡って先輩カップルを含む4人の合計8人による恋物語がとても丁寧なタッチで綴られていく。ストーリー自身は実にたわいもない。だが、それをこんなにも丁寧に描いていくことで、この映画は不思議なリアリティーを獲得した。

 彼らは陸上部の仲間なのだが、これはよくあるスポーツものではない。クラブ活動は背景としてしか描かれない。自分の殻に閉じこもる少年と、彼に心を寄せる少女。彼女の恋を応援するもうひとりの少女は実は自分も彼が好きなのだが、親友の恋を邪魔しないため気持ちを隠す。彼と幼なじみの少女は彼が好きなわけではないが(彼女は陸上部のキャプテンが好きだ。だが、キャプテンは同じ陸上の女子部のキャプテンと付き合っているから、彼女の出る幕はない)彼のことを昔から知っているから、心配している。そんな4人の関係性が描かれていく。

 一見するとたわいない恋のさや当てでしかない。だが、それを綺麗事だけではなく、かなり突っ込んで描いていくから、驚かされる。ヒロインの大人しい眼鏡少女が、コンタクトにしたら、とても可愛い、とか、夏の日の仲間同士の旅行(定番の海でのキャンプ!)とか、さらにはヒロインがバンクーバーに2年間留学するとか。まぁ、よくぞここまでパターン通りのストーリー展開を用意したものだ、と思う。もっと野心的な展開をしてもいいだろうに、そうはしない。先輩たちの話と自分たちの今置かれている状況をシンクロさせるという展開もあざとすぎる。だが、わざとそれを承知でそういう展開をさせる。この映画の作者は確信犯だ。

 どきりとさせられるのは、こういう甘い話のはずなのに、先輩たちのセックスシーンが挿入され、それが終盤で「私は彼の身体も知っているんだから」というセリフの部分で説得力を持つ。この三角関係のドラマを絵空事にはしない。その直後には、2人の少女たちが喧嘩する場面を延々と捉えたシーンもある。

 この先輩たちの三角関係のドラマと、自分たちの同じような三角関係のドラマは重なりそうで重ならない。2年後の彼女たちは絶対に先輩たちのようにはならない、と思わせる。

 主人公の2人が別れて行くシーンで、2人に安易にキスすらさせないのもいい。定番をこれだけ用意しながらも、一番大事な所では定番にはならないのがいい。2人が手と手を重ね合わせる場面は最高のラブシーンとなった。あんな切ない想いを描いた映画はない。少女は「私の身体の感触を忘れないで」と訴える。2人が抱き合う場面すらない、のに、である。これは先輩たちの話と呼応する。あざといまでのまるで同じ設定(三角関係で、一人が海外に留学し2年間別れ別れになる)を用意し、でも、その先は同じようなことには決してならないことを匂わせる。

 まだまだ、書きたいことは尽きない。海で泳ぐシーン。2人きりになってしまった主人公が、彼の前で自分のビキニ姿をみせる場面がすばらしい。羽織っていたパーカーを脱いで、そっけなく「どう?」と聞く。(この時の、真っ赤のビキニがとてもかわいい。)そんな彼女を彼は眩しくてまともに見れない。だが、少女の想いはきちんと少年に届く。これは高校1年生という愛おしい時間だからこそ通用するドラマだ。この映画が描こうとするのは、こういう幼いけどまっすぐな想いである。それをきちんと見つめていくから、こんなにも感動的な作品が出来たのだろう。

 特別なことはここには何もない。どこにでもあるありきたりな青春の一コマだ。主人公たちはタレントでもないし、特別美男美女とかいうわけではない。でも、ずっと彼らを見ているうちに、そのひとりひとりが愛おしくなってくる。女の子たちはとてもかわいいし、男の子たちはとても凛々しい。みんなめそめそして、よく泣くし、考えていることは幼い。でもそんな彼らが大好きになる。

 一組のヘッドフォーンをひとつずつ分け合って歩く。その距離の近さ。ひとつの音楽を共有していることの幸せ。河川敷で犬の散歩をさせている時、偶然出会う幸福。教室でのたわいもないおしゃべり。放課後のグランドを走る姿。夜の学校に忍び込む。

 中学の頃の暗い影を引きずりながらも高校での1歩を踏み出した子どもたちの愛おしい日々がこんなにもきちんと描かれた映画はなかなかないだろう。

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