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映画・演劇のレビュー

KUTO―10『楽園!』

2012-02-10 22:41:57 | 演劇
 久々に刺激的な芝居に出会えた。こういう芝居を見ると、芝居を見ていて好かったなぁと、しみじみ感じる。演劇的想像力を刺激される心地よい作品なのである。特別な仕掛けがあるわけではない。だいたいセットもほとんどない。衣装もふつう。ビデオを使っているくらいで、あとは何もない。まぁ、狸の置物はたくさんあるけど。

 なのに、どんどん連れていかれる。主人公である元OL(岩井由紀)と「もっかい様」と彼女が呼ぶへんなおっさん(保)に導かれて、もうひとりの主人公である、まるでさえない訪問販売のセールスマン、アバラ(工藤俊作)は「楽園」を目指す。ロードムービーのスタイルを取る。彼らが旅の途上で出会う怪しい人々とのやりとりが、お話のメインだ。やがて、辿り着く「楽園」とはどこなのか。そこで彼らは何を思い何を感じることとなるのか。芝居の王道を行く作品である。

 とてもシンプルな作品でもある。これを従来のサリngROCKのやり方で見せたなら、もっとポップで弾けた芝居になったであろう。舞台美術もこんな簡素にはせず、ちゃんと立て込んで、衣装も派手で、目に楽しい作品になったはずだ。だが、今回の演出を担当した山口茜はそうはしない。そういういらないものは極力削ぎ落として、シンプルな骨格だけで見せる。台本に書かれたドラマをできるだけ簡単に見せる。その結果、サリngROCKには出来なかったものを手に入れる。

 ここには何もない、という認識である。90分の芝居が手にしたものは、その空虚さだけであるという事実に愕然とする。だが、その事実の潔さがこの作品の感動なのだ。どうしようもない現実と向き合うことを拒否して「楽園」幻想に逃げようとした、赤の他人である2人が、それぞれの現実と向き合うことで、今、自分に必要なものを見出す。当たり前の現実と向き合うその最後の瞬間に、彼女は楽園への扉を開く。感動的な幕切れだ。こんなにも単純なラストがここまで胸にしみるのは、この芝居には一切、まやかしや嘘がないからである。

 もっかい様が居酒屋「楽苑」の店主で、このなんでもない居酒屋で、酒を飲み、うだを巻き、その日の憂さを晴らすサラリーマンたち。その中にOLが好きだった課長もいる。つまらない不倫をして、つまらない課長から棄てられて会社も辞めさせられて、絵に描いたような展開の果て、ひきこもりの生活をしてきた彼女と、同じように会社をクビになり、仕事もないまま、すがるように蒲団の訪問販売なんていう無口な彼には絶対に不可能な仕事をしながら、まるで蒲団が売れないまま、日々を過ごす中年男である彼が出会い、もちろんそこにはロマンスのかけらもないまま、旅に出る。いんちき宗教団体がなんと2つも絡んできて、彼らの旅は続く。

 同じ所をぐるぐるまわるお話はサリngROCKのいつものやり方で、堂々巡りから抜け出せないまま、収束していくのがパターンだった。だが、今回は違う。それは自分の劇団で作るのではなく、外部団体からの依頼で書いた台本だったから可能だったのではない。演出の力である。本人がこの芝居を演出したなら、きっといつもと同じパターンのものとなるはずだ。そして、それはそれで素晴らしい作品になる。だが、今回、山口茜さんの演出によって、作られたこの作品は客観的な視線を持ち、その結果、作品が、いつものように閉じることなく、開かれたものとなった。

 このほんのちょっとした違いがサリngROCKの世界をここまで変貌させることとなる。見事だ。ここまでつき抜けた作品になったのは、大人の役者たちの踏ん張り(と、言いつつも、実は肩の力の抜けた芝居)と、若い役者たちとのアンサンブルが成功したからだろう。従来なら袋小路に陥り、右往左往する芝居になるパターンで、それがサリngROCKの魅力だったのだが、そこを封印した演出が成功の理由だ。いかにも、小劇場演劇が好みそうな芝居である。でも、このスタンダードがなかなか最近はなかった気がする。だからこれは、なんだかとてもうれしい芝居だったのだ。必見。



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