
今回の吉田修一はエンタメ作品。絶海の孤島で起きた失踪事件を描く本格ミステリに挑んだ。ミステリはあまり好きではないが、吉田修一なら喜んで読む。
だけど最初の100ページほどはいささか苦痛だった。なんだこれは!と思うようなあからさまによくある安易なTVドラマ。2時間もののサスペンス劇場を見る気分。あるいは『犬神家の一族』かなんかを見ている気分。孤島に招かれた探偵と老警部(元警部)。招いたのは88歳になる資産家、梅田翁。集められた彼の一族。台風の夜の晩餐。そして事件が起こる。
いくらなんでもこの展開はあまりにベタ過ぎて鼻白む。しかしながら当然だけど、ワザとしている。お話はここからである。
3本の映画が喚起する謎。『飢餓海峡』、『砂の器』、『人間の証明』。こんな形でこの3本を登場させてこんな話をつなげるなんて思いもしなかった。戦後の焼け跡から始まり3人の孤児たちが生き抜く姿をを見せて、彼らの運命が描かれる。終戦後の上野駅、戦災孤児を収容する牢獄。梅田翁が選んだ道。
地底人や冷凍人間を夢見たケロ。なんとか生き延びたふたりの再会から45年前の失踪事件の真意。エピローグまで一気に読ませて、ニヤリとさせてくれる。吉田修一は曲者である。