
とうとうこんな小説が登場した。というか、こんな小説を手にするようになったというほうが正確か。70代の女性が介護付き老人ホームに入居して過ごす日々を描いた小説である。あと少しで高齢者の仲間入りが可能な年齢になり、興味の範疇にこの手の小説が入ってきたのだ。しかも以前の要介護者の世話をする立場から介護を受ける立場へのシフトチェンジである。2年ほど前に母を亡くして、介護から解放されたばかりなのに、気が早い。でも、退職し、自由な時間を手にしたら、別にやりたいことはない、という状態になり、改めてこの先を見直そうという気分になった今、こういう小説も近未来の自分として気になるということか。
主人公はまだ70歳でぼけているわけではない。自分から進んでこの施設に入居した。それは子供たちに迷惑をかけたくないとかいうことではない。子供から解放されたいというほうが正しい。40代の娘は離婚して実家に戻ってきた。息子は40前にしてフリーター。実家で親の庇護を受けて生きている状態だ。シングルマザーとしてふたりを育ててきたのに、いつまでたっても親離れできない子供たちに愛想を尽かせたというのが本音かもしれない。風光明媚な丘陵地にあるコテージ風の介護施設はほとんど別荘だ。ここで悠々自適に過ごすのは夢だった。だが、ここに来て気づく。煩わしい人間関係はここにもあるということに。さらには子供たちがなんだかんだと擦り寄ってくる。反対に誰からも顧みられないとそれはそれで寂しい。自分だってわがままだ。認知症でもないし、体の自由も効く。まだまだ働こうと思えば働ける。まぁ、もうあまり働きたくはないのだけれど。
そんな女性カヤノさんが主人公だ。今どきのTVドラマになりそうな設定。NHKあたりがもう権利を買っていることだろう。それにきっと松坂慶子がまた演じることだろう。たぶん。
読みやすくて、しかも途中のどこで止めても大丈夫。18章からなるお話は連続ものではなく単発連作のスタイル。たわいもない日常のスケッチだ。でも読んでいて楽しいし、なるほどな、と共感もできる。自分のことと重ね合わせて、この先の自分を想像もできる軽い小説。まぁ、若い人にはまるで興味の範囲外の小説だろうけど。