●○-風吹く街で-○●

簸川平野のど真ん中「風吹く街で...」
恵みに生かされてるクリスチャンぴーちの日記です。

快適なライフスタイルを求めて

2008年05月29日 | 家族
日曜日の朝に喉が痛いと思っていましたが、帰る頃にはめっちゃ!痛くなって寝ていました。

長年ゆっくり生きて来たせいか?疲れると、とてもよく風邪を引きます。

ところで、ひとりひとりに、神さまは違うライフスタイルを与えておられるんだなぁーと思いました。

それは、まず最初に韓ドラのDVDを観た時に、ひとつ気付きました。
友達は韓ドラで気分転換して楽しめるのですが、私は「面白い」とは思っても「楽しい」とは思えなかったので、何回か?挑戦して止める事に決めました。
頭の中が、主人公の顔でいっぱいになったからです(笑)。
それと、次の日のリズムが崩れると分かったからです。何回も観て、やっとわかりました(鈍い?・笑)。

次は、テレビです。普通に日本のドラマを観ていると、特に問題はありませんが(あまり観ないですし…)、深夜に暇だったので、ケーブルテレビでアメリカのドラマを観ていたら、だんだん体調を崩すようになりました。

嫌いな番組は観ないのですが、暇だったらなんとなく観ている状態になります。
それが、どうやら心に影響しているようでした。なぜか?は、はっきりわかりませんが、先日はアメリカの普通の街の情景を見た時に「怖い」「虚しい」と感じていました。

私にとっての夜の過ごし方は、ゆっくり本を読んだり、賛美したり、音楽を聞いたり、いろんな事を思い巡らせているのが、よさそうだと思いました。

テレビを否定している訳じゃなく、個人個人には適切な過ごし方があると気付いたのです。

それを把握していたら、更に自分らしい毎日を、出来るだけ快適に過ごせると思いました。

何の疑問も持たずに、自分に不適切な生活をしている事もありますから…。
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「すべての事は許されている。
しかし、すべてのことが益になるわけではない。
すべてのことは許されている。
しかし、すべてのことが人の徳を高めるのではない。
(〓コリント10:23)」

今ある所から。

2008年05月24日 | 思うこと
今、ある現状の中で自分が何をしたら良いのか?もしくは何が出来るんだろう?と、半ば諦めに近い気持ちを持って、日々をなんとなく過ごしていました。

それは、身体や精神的な状態が、何でも出来ると許可してはくれないし、長年のゴロゴロ生活のために、意欲も衰えていたからだと思います。

夢やビジョンを描く気持ちも失っていたような感じでした。それらが必要だとは思いましたが。

でも、先日気付いた「生かされている&使命」を意識するようになってから、意欲的に物事を見るようになりました。
出来るか?出来ないか?は別として、いろんなところに「願い」を持つようになって来たのです。

それは、先週の礼拝メッセージから、教えていただきました。


「少年ダビデは、重たい鎧兜では、あまりにも自分に合わなくて戦う事が出来なかったために、普段着で、かつ羊飼いの武器である石投げで、巨人である敵に勝った。」

このところから、私も普段しているオークションや、友達とお話をする中から、自分らしい人生を生きて行きたいと思いました。

特別な何かを、無理してする必要はないとわかりましたし、違う道があるなら、日常的な生活の延長線の向こうに、また別の人生へと導かれるでしょうから。

夢や目標、目的があると生きやすくなりますね。

大切なのは、心のベクトルの向きだと思っています。私は今、天を見上げています(よそ見しないようにね!ぴーちくん・笑)。

いろんなものを失った事は、とても良かった!と思っています。手放さなければ得られなかった大切なものが、たくさんありましたから。
その時には、意味がわからなくて辛かったけど…。


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生かされてる!

2008年05月20日 | こころの健康
先週の事。。。

ううううっ!?と起きた~。

毎朝大体こんな感じなので、ちょっと大変!
だから、布団にがばっ!と伏して祈りました。
「お~イエスさま~。。。」
その時、ふと「生かされてるんだ!」と思いました。

って、普通にクリスチャンなら誰もが知っていること。だよね?だよね~。

でも、「生きている」ってこと自体が苦しい!と言う体験をしている者には、当たり前ではないんですよ。「生かされている」ってことを本当に知るってことは…。

生かされているんだから、私の苦しみは、私のせいじゃないんですよね?
そして同時に、「生かされているからには、使命があるはず…」と思ったんです。

この前、家庭礼拝に来られたHさんが、娘さんの事を話しておられました。
とても苦しい状況だそうです。その娘さんのおっしゃっている一言一言が、全部ではないにしても、分かるんです。

生きている…それが苦しみ。過去の出来事や、目には見えない物に怯え、苦しんでいらっしゃるので、お母さんがどんなに優しくしても、苦しみが消え去ってしまう事はないと思って聞いていました。

でも、お母さんの祈りによって…みんなの祈りによって…イエスさまなら、過去の現在に影響する程の恐怖や不安から自由にする事ができます!

そして娘さんにも、生かされている使命感が与えられて欲しいですね。


ところで私は、自分に与えられた使命が何か?をふと思ってみています…。

昔、昔、ある所に…いえいえ、イエスさまを信じた時に与えられた聖書の言葉を思い出しました。

なに?って?…内緒!!温めてみます…。
まだ、これからヒナになるかも知れないからね(^_-)-☆。

ノーと言えるぴーち

2008年05月16日 | 友達
私は先々週以来、悩んでいる事がありました。

それは、比較的日本人が苦手とされる「断る」事についてです。

まず、平日にクリスチャンの友達が「今日、お休みだからお茶しない?」ってメールをくれました。でも、調度調子悪くて寝ていたので、そう言って断りました。

すると、その週の土曜日に息子の友達のお母さん(以前、とっても仲良くしてた友達)Oさんから、「自殺したI君の現場に花をたむけに行きましょう」とのお誘い…。
私も、とても気になっていたので、一旦はOKしましたが、その事件のために私は3日程具合が悪くなり、やっと立ち直りつつあったところだったので、考え直して、事情を話して断りました。

次に幼なじみが、「久しぶりに日曜日の午後にご飯を食べに行こう」と誘ってくれました。私は平日なら良いのですが、日曜日は礼拝の後は、体力的に無理だと思って、こちらも一旦考えてから断りました。

そして月曜日のフォークダンス!
友達が行っているので、行こうと思いながらも、かなり調子を崩していたので、行けませんでした。

いつも、こんなに誘われる事はないのですが、たまたま重なって起きたので、悩んでしまいました。せっかく誘ってもらっているのに、申し訳ないと言う気持ちで、複雑な心境になりました。

でも、結局クリスチャンの友達は、礼拝を休みがちだったのに、次の礼拝には来ていましたから、話も出来て「また、来週ね」と別れる事が出来ました。

Oさんは、気持ちを説明すると、とても心境を理解してくれて「…私はぴーちさんが好きですよ。」とメールをくれました。

幼なじみは「私の胃はいつでも準備OK!だから、また平日にメールするね」と言ってくれました。

フォークダンスの友達も、ひとりでも、みなさんと楽しく過ごしたらしいです。

結局…結局…私の弱さは、自分ではふがいないけど、イエスさまが全て益に変えて下さって、更に深い絆を感じるチャンスになりました。

それでも、ちょっと凹んでいた私に、娘が教会のメルマガを転送してくれている中に「他人との境界をはっきりさせるために、ノーと言える強さを養いましょう!」と書いてあったので、ホッとしました。

実は、私は過去に「ノーと言えなかった」ために、家族や友達に大変な迷惑をかけた、前科の持ち主ですから。


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神さまの愛によって…。

2008年05月12日 | 家族
↑ by AKI
今日はAKIちゃんが、みんなに教会の画像を編集して送ってくれました。AKIちゃんの許可を得て、アップしました。


教会のみんなが今、とっても愛しい。。。愛し合っています。

今日も友達と一緒に、感謝してお祈りしました。私達は小さいけれど、小さいからこそ助け合って愛し合って、許し合って、お互いを建て上げ合うんだと思いました。

もちろん、教会はいつでも、どこでも愛し合って行くべきですが、いろんな人たちが集まっている場所だから、問題がある場合が時にはあります。

でも、今!私達はみんながお互いを尊重し、祈り合い励まし合って、イエスさまの恵みによって一つになっています。

誰かが特別でもなく、誰もが特別な「大切なひとり」として、教会に居ます。

このような状態は、誰かが意図的に作り出せる物ではありません。どんな素晴らしい牧師でも、伝道師でも難しいでしょう。
でも、だからこそ、今の状態は「イエスさまの恵み」としか言いようがないのです。

みんなが、苦しいところを通り、みんなが耐え忍び、みんなが謙虚にさせられ許し合いました。
それは熱情的にではなく、静かに行われました。

ですから、今更に私達は期待しています。素晴らしいイエスさまの御業を…。
***********************************
わたしは、新しいいましめをあなたがたに与える、
互いに愛し合いなさい。
わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合いなさい。
(ヨハネ13:34)

イエスさまの忍耐

2008年05月09日 | 友達

以前、お話したルート営業のKさんが、先々週教会の礼拝に来て下さいました~♪
(o^-^o)v
そして、先週もいらっしゃいました。おぉ~~!(゜▽゜*)スゴイ!


教会にはお誘いしていなかったので、ビックリ!!です。

あれから、いろいろな事がありました。

家庭の事情などは、営業に来られた時に、いろいろ聞かせてもらいましたが、私には何の力にもならず、「お祈りしていますね」って言っていました。

Kさんは、私が差し上げたカードを大切にたんすの上に置いて、書いてある聖書の言葉を、毎日の励みにしておられましたが、ちょっと意味の解釈が分からない所があったらしく、牧師先生の家に行かれた時に、質問されたそうです。

しかし、旧約聖書だったので、細かい時代背景については口頭では話せないので、牧師先生がコピーして私に預けてくださいました。

そこで来られた時に、またいろんな話を聞いて、「イエスさまは、とてもKさんの事を愛して、忍耐深く待っておられるんだ!」と思いました。

今まで、たくさんのクリスチャンの方と出会い、また昔教会に行っておられたからです。Kさんは忘れておられても、イエスさまはちゃんと覚えていらっしゃるんですね。
Kさんを見ていると、私もそうですが、「イエスさまが、いかに忍耐深いか?」を知る事が出来ます。人間ならば諦めてしまうような人でも、イエスさまは、私がハッキリと拒まなければ、待っていて下さるのです。

お渡しした、牧師のメッセージのCDを、擦りきれる程に聞いているそうです。(CDって擦りきれる??・笑)また、FEBCのラジオも聞いているそうです。

これからもKさんが、イエスさまの暖かい懐に帰って来られて、安心を得られご家族が祝福されるようにお祈りしています。



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生きてください!

2008年05月03日 | こころの健康

28日の夜に、息子の小中学時代の友達のI君が自殺しました。中学校の時には、仲良しでした。

29日の深夜(30日)に、その事がわかったのですが、その前になぜか?何かが起きるような気がしたんです…。「息子の友達が事故か?何か?死ぬんじゃないか?まさかね…」一瞬よぎった思いでした。

それは、30日が息子の誕生日だったので、いろんな事を考えていたからです。
死んだ時に後悔しないような、「価値ある生き方」をして欲しい!と祈っていたのです。でも多分息子には、今は「何を言っても分からないだろうなぁー」と思いつつ、午前0時過ぎに、次のようなメールを送りました。


>誕生日おめでとう♪(^O^)
いよいよ22才!!
若くても明日の事はわからないよね?!
与えられた人生を、エンジョイ♪&実りある人生を…。
応援、お祈りしてるよ(^^)v


その後すぐ息子が、私の部屋に飛び込んで来て、I君の死を知らせました。

イエスさまが、教えて下さったんでしょうね。私は、何でもわかる訳ではないですから。愛する人の事を、少しわかる事があるんですね。不思議ですが。。。


でも、悔しいです。。。
I君の友達の、H君には、
「死にたい…」と言っていたらしいので…。
H君は、冗談だと思っていたんだそうです。
H君が第一発見者で親友だったので、H君の事も心配です。

息子は次の日、みんなで葬儀に行きました。

「イエスさま!!彼らを!…この地の人たちを!…日本を救ってください!」

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「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。
悪しき日がきたり、年が寄って、
『わたしにはなんの楽しみもない』
と言うようにならない前に、」
(伝道の書12:1)



※この記事をアップしようか?随分悩みました。でも、やっぱり多くの人に知って欲しいんです。「生きてください!生きてください!あなたは神さまに愛されているのですから。」

私も病気が酷い時に、苦しい時期がありました。でも、今は生かされている事の喜びと感謝で、新しい人生を生かされています。神さまはちゃんと「逃げ道」を用意してくださっていますから、いつかトンネルを出る日が来ますよ。
「ゆっくりと生きてくださいね!」