●○-風吹く街で-○●

簸川平野のど真ん中「風吹く街で...」
恵みに生かされてるクリスチャンぴーちの日記です。

変革の時!(前編)

2009年10月30日 | こころの健康
それは、9月21日から始まりました。
その日は、松江フォーゲルパークでの「上原令子さんコンサート」でした。

12時に、友達と母と一緒にジョイフルでランチ。
とっても楽しくおしゃべりをしてから、15時30分からのコンサートの前に、「ふくろうショー」見学や、お花を見て回りました。
「ふくろうってあんなにカッコよく飛ぶんだぁ~」って、知らなかったので感動~!
す~っっと音もなく低空飛行するんですね。


さて、上原令子さんのコンサートは最高でした。お話も素晴らしく、声も奇麗ってか声量があって、天を見上げる賛美。
小坂忠さんの曲「勝利者」も歌われ、感動でした。最後のアンコールには、昔懐かしい「主よ誰よりも」を大合唱しました。

♪主よ、誰よりもあなたを愛し、
 何よりもあなたを求め、
 いつもあなたと交わるなら、
 きっと、きっと私のこころに
 輝く太陽が昇るでしょう。。。

さてさて、次の日。
松江福音教会で聖会がであったんです。私たちの教会は単立ですが、いろんな教団の教会と親しくさせていただいていて、今回参加させていただきました。
よく考えないで、元気にまかせて申込みをしたので、時間を確認していませんでした。
よく見ると、朝の8時30分から。。。そして。
おっ!終わるのが16時!ギャビ~ン!
エッ!!ってことは、7時30分起き~????(私にとっては早起きです)
前日、半日バタバタした上に、早起きとは。。。(考えなしだった・苦笑)

ところが、朝アラームが鳴って起きた時には疲れがなく、「お~いい感じ!」
その日、友達夫婦に乗せて行ってもらうことになり、思いっきり賛美し、恵まれた聖会となり、ナント!帰りには、リサイクルショップの梯子を3軒もしたのでした。
のにも関わらず、夕食もちゃんと作れたし・・・。


この時から、なんとなく神さまは私に「起きて歩め!」とおっしゃっているように思えたんです。

長くなって、私がつかれてきたので、つづく。。。。。。w


★追記★
題名が気に入らなかったので、変えました。あまり変わらないって?ははっ

聖書を無料配布したら「Cool!」って。。。

2009年10月22日 | 家族
恐れるな。語りつづけよ、黙っているな。
あなたには、わたしがついている。
だれもあなたを襲って、危害を加えるようなことはない。
この町には、わたしの民が大ぜいいる。
(使徒行伝18:9~10)

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もちろん!寒い…って意味じゃないですよ(笑)

先日、ギデオン協会の皆さんが、近くの中学校に聖書を無料で配られた時の事です。
私たちの教会には、ギデオン協会の会員がいます。牧師先生とギデオン協会の皆さんと夫も参加して、配ったところ…。
ほとんどの生徒さんが、心良く受け取ってくれて(2、3人だけ拒否)、尚且つ
「私、もらってませ~ん」
と、貰いに来る人までいたとか…!
そして、極めつけが、
「カッコいい!前からこれ欲しがったんだよね~!」だったそうです。

おお~!可愛い島根県の…いえ日本中の生徒諸君!!
そんな、君たちがカッコいいじゃん!皆さんが大好きですよ!

まったく!素直でなかった私でも、イエスさまを信じる心になれましたから、安心して下さいね。

「なるほど~聖書が人気がないのはクリスチャンの間だけかぁ~」
なんて言う、ブラックユーモアが生まれるくらい???(怒らないで下さいね)ってか、ぴーち君もっと読もうよ!

かく言う私も高校時代、ギデオン協会の無料聖書が欲しがったのに、数に制限があったので、貰えなくて、とても悔しかった記憶があります。

大人も青年も、少年少女も、子どもたちも、みんなこの時、確かな言葉「真理」を求めているのかも知れませんね。

神さまにとって「人間失格」な人はいない!

2009年10月20日 | 家族
誰かが、イエスさまの愛を受け入れて喜んでいると、自分の事のように嬉しいですね。

また、誰かが苦しみの中で光を失っていると、希望がある事を伝えたいです。

なぜなら私も、神さまの愛を知らず希望を失って、虚しく生きていたから。
その気持ちはまるで「人間失格」の気分そのものでした。

太宰治の「人間失格」を高校生の頃に読み始めた事がありました。でも、途中で読むのが苦しくて、本を閉じました。
理由は、あまりにリアルにその情景が心に入って来て気分が悪くなったからです。
主人公の憂鬱な気持ちが、人事のようには思えず、その中の物憂い雰囲気や湿度まで伝わって来るようでした。

当時の私は、人生を真剣に考え、現実に希望を持てずに悩んでいましたから、「人間失格」を読んでしまったら、自分も死んでしまいそうな危うさを恐れていたのです。
「生きる意味」を知らないなら、私にとっては「生きる」事が苦悩でしかなかったのです。

太宰治が聖書に親しんでいながら、イエスさまに出会えなかった事が残念です。

幸いに、私は同じような罪深い憂鬱な虚無感の中に生きながら、イエスさまと出会えた事は、本当に感謝でした。これこれ奇跡でしょうね。
なぜなら、当時の私は神さまを認め信じるには、プライドが高過ぎましたから。神さまの前にも、人の前にもひれ伏すなど、無理でした。

でも、希望のない私には、真理なるイエスさまを信じるよりも、より良い道はありませんでした。
教会に行き、聖書のお話しを聞いて、直感的にもよくよく考えても、イエスさまが真理だと知ってしまったのです。

今、振り返ってみて私はあの日、今までの人生の中で一番賢い選択をしたと思っています。
(二番目が夫と結婚した事…。)

委ねる恵み!!

2009年10月11日 | こころの健康
「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
神があなたがたのことを心配してくださるからです。」
(聖書 ペテロⅠ5:7)
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やっと気持ち的にも、信仰的にも、身体的にも落ち着いて来ました。

きっと、全てが繋がっているんでしょうね?特に、信仰的に恵まれていたら、他の事は目に見えなくても、次第に良くなって行くと思います。

「あなたがたのたましいが
いつも恵まれていると同じく、
あなたがすべてのことに恵まれ、
またすこやかであるようにと、
わたしは祈っている(ヨハネⅢ2)」
ですものね。

イエスさまとの関係が、とても大切なんだと思いました。クリスチャンなら当然だけど…(^_^;)
私はいろんな事を心配し過ぎて、「ここはどこ?私は誰?ってかイエスさまはどこ??」になっていたらしい…(?_?)

もちろんイエスさまは、私をちゃんと見つめていらっしゃったのですが…(苦笑)


イエスさまの十字架の恵みに帰って、自分に与えられた特権を思う時、不安や不快、苦しみや恐怖を委ねて歩めるようになって来ました。

イエスさまは、私の想像以上に近くにいらっしゃるんですね!
「イエスさまと一緒!いつでも一緒!」

鬱病の恵み?!

2009年10月07日 | 家族
「神を愛する人々、すなわち、
神のご計画に従って召された人々のためには、
神がすべてのことを働かせて
益としてくださることを、私たちは知っています。」
(聖書 ローマ8:28)

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正直言って、鬱病には何の恵みもありません…と言いたいですが(意味もなく苦しいとしか思えない日々・苦笑)。
私は、正確には「不安神経症うつ症状」(パニック発作)です。

でも現実には、私が鬱だってことで出会える人たちが多いです。
以前、まだ教会に帰っていなかった頃、ネットでたくさんの病気の人たちに出会いました。
また、いろんな病状の人にも出会い、薬の事や病気の事にも、やや詳しくなりました。

すると、半年程前に、幼なじみから、
「私の友達の息子さんが、こんな病気なんだけど、ぴーちゃんどう思う?」とメールが来ました。
「うーん、どんな薬を飲んでおられるかな?それと牧師先生が、カウンセリングされたら分かると思うんだけど…。」
と言いました。

そこで、悩んでおられるAさんに家に来てもらい、息子さんにも牧師先生に会ってもらいました。
Aさんは二回程、先生と話して「教会に行ってみたいです。」と言われたので、私の幼なじみと一緒に…。っとなった所で、家の仕事の都合で来れなくなってしまいました(>_<)

それから1、2週間…メールをしても返信がなく、心配していました。
すると、ある日Aさんから、急に電話がかかって来て、
「おばあさん(お母さん)が倒れて、一時意識不明だったんです。」とのこと。

それからAさんは、息子さんの心配や、お母さんの看病、自営業の仕事で気持ちがいっぱいいっぱいになって、夜も眠れないような鬱状態の手前におられました。

泣きながらメールを送ってくれました。
そんな中で支えになっているのは、牧師先生のメッセージCDと、私が名古屋の教会から転送しているメルマガだと…。
そして、昨日メルマガに返信が来ました。

内容は、「メルマガが来るとワクワクします。携帯にも保存していますが、ノートにも写して、辛い時、読み返しています。信じる心をいただいて、神様を信じて頑張ります。」とのこと…。

イエスさまが、Aさんとご家族を愛して、病気の私を通して祝福を与えようとしていらっしゃるようです。

Aさんの、全ての状況が益と変えられて、明るく歩めますように。。。