●○-風吹く街で-○●

簸川平野のど真ん中「風吹く街で...」
恵みに生かされてるクリスチャンぴーちの日記です。

イエスさまに捧げる献身

2015年04月05日 | 思うこと




いつも聞いているPodcastのメッセージの中で、

F先生が、昔の体験を話しておられました。

それは、F先生がまだ神学生の時に、当時の学院長が、

「みなさん、御飯を食べる時には5人でグループを作って一緒に食べて下さい」

と言われたそうです。

それで、みんなグループを作って食べたそうです。


それからしばらくして、学院長との個人面談の時に、

F先生は、注意を受けたそうです。

「あのね、Fさんは『献身』が足らない。」と。

F先生は、何のことやら分からず聞き返すと、

「Fさんは、御飯の時に周りの人とほとんど喋らないでしょ?

あなたは、献身が足らない。」

F先生には言い分があったので、説明したそうです。

「先生、私は会議の時などのような時にはちゃんと話しますが、

雑談は苦手なので、嫌いじゃないのですが話さないんです。」

でも、学院長はそれには聞かずに、

「いえ、あなたは献身が足りない!」

と言われたそうです。

その時には、意味が分からなかったそうですが、

今は、よくその意味が分かると仰っていました。




その体験を聞いて、私にはピンと来るものがありました。

「そうか、イエスさまに自分を捧げると言う事は、

周りの人たちに自分を明け渡すことなんだ。」

「周りの人たちに心を開くこと、思いやりを持つ事が、

本当にイエスさまを愛して、自分を捧げる事なんだ。」

そう、理屈ではなく分かりました。

「あなたは献身が足らない」と、言う声を聞く時に、

私から、隣にいる人への愛が生まれ、流れるような気がします。

隣に座った人に、ちょっと話しかけること。

家族にいつもよりちょっと優しくすること。

気になった友達に、ちょっとメールすること。

話している友達の話しを親身になって聞くこと。

それが、イエスさまにこの身を捧げる献身なんですね。



イエスさまは、私のために命までも捧げて下さいました。

献身とはどう言う事か?を身をもって示して下さいました。

私は、イエスさまに何もお返しは出来ませんが、

私のちょっとした献身によって、内におられるイエスさまの愛を、

少しでも多くの方に流せたら感謝です。

少しでも…少しでも…