おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

うむぅ…。 その2。

2008-09-10 16:17:34 | 我思う、故に書くなりよ。
近所の児童虐待(?)について公的機関に相談したのは先に書いたが、翌日、別の機関から連絡が入った。

まぁ、時間によって、そうした受付が変わるので、夜に受けた相談が昼の部署に受け継がれただけではある。(らしい…)

かくかくしかじか…な話を再度して、子供はなんとかしてあげて欲しい…旨は伝えた。

もう何年も以前から…ってコトだし、それらしい人間の出入りがあるみたいなので、既に知っているだろうと思ったのだが、知らなかったらしい。様子から見れば福祉関係の人間だとは思うのだが、素性は判らん…。包括的に連携が…と望みたいところだが、役所は役所…ってコトなんだろう…。

くだんの家は、相談直後から静寂が続いている…。効果があったワケではなく、単に「不在」ってコトみたいだ。まぁ、いれば「大騒ぎ」なので、半径50mに近づけば判るし…。真上を飛んでる自衛隊の対潜哨戒機並みにウルサイからねぇ…。

昔なら近隣で…ってコトもあったんだろう。そうした関係も希薄と言うより、完全に無いし、「気の毒な人」「気の毒な家」って扱いに済んでしまっている。まぁ、取り入って、いさめるとか、なだめる…なんてのは、素人じゃ身の危険すら感じる部類の爆発の持続を見せつけられるワケだから…

「触らぬ神に祟りなし…」

なのである…。私もそうだと普通に思う。対話できないばかりか、一方的に暴力を振るわれる恐れが強いくらいなら、関わらないのが普通だと思う。

だけれど、そこの中に危害を加えられる恐れのある子供がいるとしたら…そりゃマズイだろう…。子供には罪が無いのは明らかだし、そうした不幸を押しつけられたり強いられたりするコトは、どこの国でも一応は許されていない。

そうした事案に対処する機関が、この国にはある。そのために税金から給料を払っている。存分に専門知識を活かしてもらって、子供だけでも平穏に暮らせる環境へと導いてあげてもらえれば…。な。

ただ、今の日本ではまだまだなので、救えないケースがなにかと多い。

相談した時も、連絡があった時も、緊急時の話が出た。

どの程度から「緊急」を要するのか、サッパリ判らないくらいの阿鼻叫喚が連日聞えて来る時もあるんである。もちろん、家の中のコトだから、何がそこで行われているのか外部の人間は知る方法も無い。少しでも…って場合の連絡先はあるだろうけれど、深夜には対処出来ないし、血を見るまでは警察だって動かないのが現実である。昼間の屋外で…って判りやすい話なら別だけどねぇ…。勝手に救い出しても別の問題にこじれるなんてのはざらにあったりするので、公的機関がこの辺を充実してくれないと…。

アジトを換えてそろそろ半年。犬の悲鳴から子供の悲鳴に聞えてくるモノが変わった。それは、どちらにしても「普通」じゃないし、「普通」であってはイケナイ物。無職のぷーたろうで、ニートにも例えられる人間ではあっても、それに目を閉じ、耳を閉じる様な人間にはなりたくはない…。

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