あの人を欲しがる。舌が飴を欲しがるようにあの人を欲しがる。
甘い物を欲しがるように、あの人を欲しがる。
嘗められるようなものじゃないのだけど、それを承知で舌上に転がしていたくなる。
そんな飴の「あの人」なんてこの世にはいない、そう何度言い聞かせてもおんなじ。
体が言うことを聞かない。甘い物を欲しがる。舌が欲しがる。
あの人を欲しがる。舌が飴を欲しがるようにあの人を欲しがる。
甘い物を欲しがるように、あの人を欲しがる。
嘗められるようなものじゃないのだけど、それを承知で舌上に転がしていたくなる。
そんな飴の「あの人」なんてこの世にはいない、そう何度言い聞かせてもおんなじ。
体が言うことを聞かない。甘い物を欲しがる。舌が欲しがる。
一つ家に遊女も寝たり萩と月 芭蕉
☆
これは芭蕉の創作である。懐中に遊女をこしらえて遊んだのだ。旅にあって、たまたま古い家を見つけて、そこに一夜を過ごした。ほんのりと萩が咲いている。ほんのりと明るい月が差し込んでいる。ほんのりと遊女の化粧の香が流れても来る。
枯淡の境地の芭蕉だってときにはそういう華やかさが恋しくなるのだ。ほんのりと恋しくなるのだ。そんなふうに思ってみた。
遊女も暮らしているところだ、ここは。遊女を俳句に誘ってきて住まわせる器量も、芭蕉翁にある。そこがいい。
☆
旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる 芭蕉
芭蕉の一句が、遊女の傍で新しくはなやかに生き返る。
4
そうやって美しく美しく描いて、人形にして、操って、ただそっとそっと偲んでいるだけだ。人形なのに、あの人に会いたい。あの人の細い手を握っていたい。
5
あの人とわたしが秋の野山を、そうやって歩いて行く。萩が垂れている。芒が風に揺れている。風景の中に、連れて来て、そういう想像をしてにっこりする。
6
他愛ない。幾つになっても童だ。砂遊びのままごとをしている童だ。75年を生きて来たその年月は何だったんだろう。ふっとそう思う。童のままじゃないか、って。無変化の童が、秋の日にひとり。
1
こんなに晴れている秋の日には、あの人に会いたくなる。人と会うのをあれほど嫌がっているのに、あの人には会いたくなる。
2
そういう人を頭の中にこしらえて楽しんでいる。想像上の人物だ。麒麟や龍に通じる。想像上としながら、それでもそれを信じていることはできる。
3
実在しないから、罪がない。迷惑をもかけないで済む。行動を起こしようがない。あの人を追いかける。消えてしまいそうなあの人の影を追いかける。
4
(1,2,3から続く)
季節が秋を深めて行く。日々に変化を見る。そして季節が巡る。巡りに巡る。季節が季節を楽しんで、楽しんで、そしてまた元の位置に戻って来る。循環を含めていられるのだ、大いなる全体は。
5
部分と全体。全体があるので部分がある。部分があるので全体がある。不易と流行。わたしのいのちはやがて終わるが、終わらない全体がある。これは揺るがない。そそともしない。
1
不易流行。変わらないものと変わって行くもの。先端は日々小さく変化を遂げて進んでいるが、大元はまるっきり変わらず堂々としている。
2
変わって行かない大元がでんと構えていてくれるので、変わって行くものが微細の変化を楽しんで行ける。
3
人の生と死も、変わって行くようであるが、先端の枝葉の末端変化に過ぎない。羽毛が風に靡いているに過ぎないことなのだ。恐れることはないのだ。その大元は不変だ。わたしの生死を含有する大いなる全体は大いなるままなのだ。
庭に咲いた一輪の、赤いコスモスの花がわたしの目を輝かす。
ああ、こんなに鮮やかな花が咲くところに、おれは生きていたんだった。
だったら、それにふさわしいわたしにしていたい。秋の日のいちにちだけでも。
我が家の垣根から白萩の花が小道に垂れている。
しなやかな、長い細い枝に白い萩の花房がたわわに群れている。枝の先端は小道に届いている。
4
ふっと思ったこと、これは。不平を鳴らしていちゃいけないな、って。今日を生きているじゃないか、って。
5
生かそうとしてくれている大いなる応援が届いているから、生きていられるんじゃないか、と。なのに、あれやこれやにぶつくさ不平を鳴らす。
6
人に向かって声を上げることはないが、同じことだろう。一人のこころの宇宙を、己の吐いた不平分子が一酸化中毒させている。
7
生かされてきたことを思おう。それだけの応援支援に足るようなことは何一つしないで来て、不平だけをお返しするのはあくどい。そんなことを、ふっと思った。
1
4時半起床。トイレの西の窓を開けたら、大きな満月が西の山の端に落ちて行くところだった。部屋の明かりを消して、しばらくこれを鑑賞した。
2
今日から10月。今日が中秋の名月らしい。昨夜、玄関を開けて外に出て。沖天に浮かんでいる月を仰いだ。僕の目には満月に映った。感嘆の声を上げた。
3
気温は17℃。やや肌寒い。長袖シャツ長ズボンをしていても、あたたまらない。そろそろ炬燵布団を出して来ることにしよう。季節が急転回している。