さ、孫の6歳を寝かしつけるとしよう。長い長いお伽噺を3話したら、そのうち、ことりと音を立てて、寝てしまった。爺の左手を枕にして。ぺたりと爺の胸に胸をつけるようにして。6歳児の体温は熱い。こちらが汗を掻いた。1時間ほどして、腰から上がいきなりムックと起き上がった。パタパタパタパタとこどもの胸に手のひら太鼓を打ってやると、またくすりと眠りに落ちた。
6時の夕食。終わった。缶ビールを飲んだ。大と中を。
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ご馳走だった。作り主の家内に感謝。44年間のご苦労に感謝。一日に三回の食事である。忍耐の強さを思い遣る。
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こっちは食うだけ。借りが積もっているだろうなあ。それでも、その素振りも見せない。
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女性というのは、偉いんだあ‼️
さて、今夜はご先祖様方がお浄土にお帰りになる。お盆が終わる。お見送りをするとしよう。
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これから、仏壇の前に座って、法華経を朗読して来よう。声高らかに。書き下し文を。子孫が、仏陀が説かれた法華経を読むのをお聞きになるのだ。喜んでもらえるかどうかは分からない。
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浄土は、この世。この世は、浄土。だろう。浄土に往生したご先祖様方の目には。行き来は簡単だろう。いつでもまたおいでなさいませ。
弟の絵が上手いので、もう兄の絵は、ここに載せられそうにないなあ。良寛さまの座禅が様になってる。たぶん、こんなにお痩せになっておられただろう。弟は水墨画で描いて、お顔に絵の具を施したようだ。弟は仏教に詳しかった。座禅もよくした。とうとう最後は僧侶の資格も取った。だが、病気に勝てなかった。さぞや、悔やまれたであろうが、そこをも超えていたかもしれぬ。才能が惜しまれる。
台風大雨で、さすがに城原川が太ってた。水嵩を増した濁流が、うねりうねりしていた。お盆だから、弟の家の仏壇にお参りをして来た。弟の家は城原川を南下したところにある。仏壇に弟の絵が飾ってあった。良寛禅師の絵である。弟は絵が上手かった。何事も兄を勝っていかねば気がすまなかった。兄が絵を描くと、弟も絵を描いた。
ああ、弟よ、弟よ。兄より早く死んだ弟よ。遊べなくなった兄は寂しく悲しい。
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おおおおおおお。うううううううう。これは兄の泣き声だあ。
孫の一人は6歳の男の子とかくれんぼをして遊んだ。家の中だから逃げるところ、隠れるところがない。互い互いに見えない振りをして、「もういいかい」「まあだだよ」「つかまえた」を10回くらい続けたら、汗びっしょりになった。74歳の爺の鬼。鬼が大きな声、驚いた声を出して、相手をする。ききき、きゃきゃきゃ。双方が嬉しがる。おめでたいおめでたい。
今日は終戦記念日。戦没者慰霊記念式典が開催されました。正午になりました。テレビの前で、孫たちを含め家族一同、起立して、1分間の黙祷を捧げました。戦争によって殺された多くの犠牲者たちの悲しみを思って、哀悼しました。
午前中の即興詩 短い短い詩 「あなたは林檎」
わたしがあたなを思っている/それを/あなたは知らない/知らないでいいから/知らない/
それでほんのりとなるのだ/あなたとわたしがほんのりとなるのだ/
あなたはわたしの宇宙の園に実った林檎/林檎が赤く熟れて/わたしに甘く薫る/
午前中のわたしの即興詩 その2 「一番輝いているもののかたわら」
ぴーち・ぴいち・ぴいいち・ぴちぴち。そう鳴くのはシジュウガラ。いちばんぴちぴちしているのは、わたし。いちばん輝いているのはわたし。そうご自慢になる。それを聞く。そしてうなづいてみせる。その通りだよ、その通りだよと肯いてみせる。此処に夏が来て、風が吹く。いちばん輝いているものの近くにいられるだけで、こっちの目も輝き出す。
午前中のわたしの即興詩 「見逃すものか 見逃してなるものか」
百万年、百光年、光になって、飛んで、飛んで飛んで、飛んで、飛び続けて、オニヤンマさんがやっと此処へお出ましになった。光の影としてお出ましになった。それを知るのはわたし。それを見通したのはわたし。おねぎらいを申し上げる。夏風の中で再会をよろこび合う。そこまでして、ふたりは遇いたかったのだ。其処を見逃すものか。見逃してなるものか。ああ、美しい夏風。