知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

前訴の既判力が本訴に直接に及ばなくても、前訴の蒸し返しとなり訴訟上の信義則に反するとした事例

2012-05-06 00:23:29 | Weblog
事件番号 平成21(ワ)31535
事件名 損害賠償請求事件
裁判年月日 平成24年04月27日
裁判所名 東京地方裁判所  
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
裁判長裁判官 大鷹一郎

(2) 検討
ア 前訴と本訴では,原告の請求権を基礎付ける特許権はいずれも本件特許権で同一であるが,前訴は本件特許権に基づく前訴マウスの使用等の差止請求権を訴訟物とするもので,前訴の確定判決により既判力が生じるのは,前訴の控訴審の口頭弁論終結時である平成14年7月9日における上記請求権の存否であるのに対し,本訴は前訴控訴審判決が確定した平成15年3月25日から本訴の提起日までの間における被告の本訴マウスの使用等による本件特許権侵害の不法行為又は共同不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物とするものであって,前訴と本訴では訴訟物が異なり,前訴の既判力が本訴に直接に及ぶものではない
・・・
 ・・・ところが,原告は,本訴において,上記争点について,前訴でした主張と同様の主張を行い,本訴マウスが構成要件Bを充足し,ひいては本件発明の技術的範囲に属する旨主張している。前訴1審判決及び前訴控訴審判決が示した構成要件Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」についての解釈は判決における理由中の判断であって,本訴はもとより,前訴においても既判力の対象となるものではないが,本訴において,原告が構成要件Bの「ヒト器官から得られた腫瘍組織塊」の解釈を再び争い,本訴マウスが本件発明の技術的範囲に属すると主張することは,前訴の判決によって原告と被告との間で既判力をもって確定している前訴マウスの使用等による本件特許権に基づく差止請求権の不存在の判断と矛盾する主張をすることに帰し,実質的に,同一の争いを繰り返すものであるといわざるを得ない。 ・・・,民事訴訟法においては,単に新たな証拠が発見されたというのみでは,再審事由とはならず,相手方当事者又は第三者の犯罪その他の違法行為によって攻撃防御の方法の提出を妨げられた場合などに限り,再審事由(同法338条1項5号ないし7号,2項)としている趣旨に照らすならば,上記技術常識を可視的に立証することは前訴当時の技術では不可能であったが,本訴の時点においては,甲8の実験報告書によってその立証が可能になったからといって,前訴の蒸し返しとなる主張を行うことを正当化することはできない。
 したがって,この限りにおいて,原告の上記主張を採用することはできない。

(ウ) ・・・均等侵害の主張を含めて,原告が前訴において自己の攻撃防御を尽くす十分な機会と権能を与えられていなかったことをうかがわせる事情は認められない。

(エ) 一方,被告において,前訴控訴審判決が確定したことによって紛争が解決し,本件発明の各構成要件の充足性を判断する上では前訴マウスの構成と実質的に同一の構成といえるマウスを用いた実験等を行うことは本件特許権を侵害するものでなく,そのような行為を対象とした差止請求や損害賠償請求をされることはないものと期待することは合理的であり,保護するに値するものである。本訴において前訴と同一の争点について審理を繰り返すことは,このような被告の期待に反するものであって,そのための被告の応訴の負担は軽視することはできない。

ウ 以上の諸事情を総合すると,前訴と本訴は,訴訟物を異にし,差止め又は損害賠償の対象とされた被告の侵害行為等が異なり,しかも,本訴は前訴と異なる争点をも含むものであるから,原告による本訴の提起が,前訴の蒸し返しであって,訴権の濫用に当たり,違法であるとまで認めることはできない。しかし,本訴において,前訴における争点と同一の争点である構成要件Bの解釈について前訴と同様の主張をすること及び前訴で主張することができた均等侵害の主張をする点においては,前訴の蒸し返しであり,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。