知財判決 徒然日誌

論理構成がわかりやすく踏み込んだ判決が続く知財高裁の判決を中心に、感想などをつづった備忘録。

特許法68条の2の趣旨

2009-06-04 22:19:17 | Weblog
事件番号 平成20(行ケ)10458
事件名 審決取消請求事件
裁判年月日 平成21年05月29日
裁判所名 知的財産高等裁判所
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
裁判長裁判官 飯村敏明

(1) 特許法68条の2の趣旨について
 特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。

 上記規定は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となった物(・・・)」についてのみ及ぶ旨を定めている。これは,特許請求の範囲の記載によって特定される特許発明の技術的範囲が「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除された範囲よりも広い場合に,「政令で定める処分」を受けることが必要なために特許権者がその特許発明を実施することができなかった範囲(「物」又は「物及び用途」の範囲)を超えて,延長された特許権の効力が及ぶとすることは,特許権者と第三者の公平を欠くことになるからである。
 すなわち,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者がその特許発明を実施する意思及び能力を有するにもかかわらず,特許法67条2項所定の「安全性の確保等を目的とする法律」の規定によりその特許発明の実施が妨げられた場合に,実施機会の喪失による不利益を解消させる制度であるから,そのような不利益の解消を超えて,特許権者を有利に扱うことは,制度の趣旨に反することになる。

(2) 「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合における「政令で定める処分」の対象となった「物」について
 以上のとおり,特許法68条の2は,特許発明の実施に薬事法所定の承認が必要であったことを理由として存続期間が延長された場合,当該特許権の効力は,薬事法所定の承認の対象となった物(物及び用途)についての当該特許発明の実施以外の行為には及ばないとする規定である。

 そこで,「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合,薬事法の承認の対象になった物(物及び用途)に係る特許発明の実施行為の範囲について,検討する。

 薬事法14条1項が,「医薬品・・・の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定しており,同項に係る承認に必要な審査の対象となる事項は,
 「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(薬事法14条2項3号参照。なお,平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条2項柱書きでは,審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用等」とされている。)とされていること,
 薬事法14条9項が,「第一項の承認を受けた者は,当該品目について承認された事項の一部を変更しようとするとき(当該変更が厚生労働省令で定める軽微な変更であるときを除く。)は,その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない。この場合においては,第二項から前項までの規定を準用する。」と規定していること(なお,平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条7項の規定も同じ。)
に照らすならば,薬事法上の「品目」とは,形式的には,上記の各要素によって特定されたそれぞれの物を指し,それぞれを単位として,承認が与えられるものというべきである。

 次に,特許法68条の2によって,存続期間が延長された場合の特許権の効力の範囲を特定する要素について,実質的な観点から,詳細に検討する。
 まず,品目を構成する要素のうち,「名称」は医薬品としての客観的な同一性を左右するものではない。また,「副作用その他の品質」,「有効性」及び「安全性」は,医薬品としての客観的な同一性があれば,これらの要素もまた同一となる性質のものであるから,特定のための独立の要素とする必要性はない。現に,薬事法所定の承認に際し,医薬品としての同一性の審査にかかわるのは,「成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能等」(薬事法14条5項,及び平成16年法律第135号による改正前の薬事法14条4項参照)とされている。さらに,「用法」,「用量」,「使用方法」,「効能」,「効果」,「性能」は,「用途発明」における「用途」に該当することがあり得るとしても(・・・。),客観的な「物」それ自体の構成を特定するものではない。

 したがって,「政令で定める処分」が薬事法所定の承認である場合,「政令で定める処分」の対象となった「物」とは,当該承認により与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」を意味するものというべきである。なお,薬事法所定の承認に必要な審査の対象となる「成分」とは,薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されるものではない。

以上のとおり,特許発明が医薬品に係るものである場合には,その技術的範囲に含まれる実施態様のうち,薬事法所定の承認が与えられた医薬品の「成分」,「分量」及び「構造」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施,及び当該医薬品の「用途」によって特定された「物」についての当該特許発明の実施についてのみ,延長された特許権の効力が及ぶものと解するのが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が含まれることは,技術的範囲の通常の理解に照らして,当然であるといえる。)。