鉄平は、盗賊時代に溜めた金が数千両あった事もあって、動けるようになると金を取り出して広い屋敷を購入した。この屋敷を医院に改造した。
次平は、どんな患者でも診察した。すると元々お金がない人が押し掛けてきた。薬代すら払えない患者が多かった。鉄平は薬代を払っていた。元気になったとは云え、病み上がりでもあった鉄平は、福岡にいた盗賊時代の配下であった純次と痺れ薬や睡眠薬などを分けて貰っていた源三を妻子ともに、長崎に呼んでいた。
源三は、元々薬種問屋に勤めていた事もあり、薬には詳しかった。そこで鉄平は源三に薬種問屋をやらせる事にした。その方が薬代が安くつくし、源三の働き場所も確保できた。純次は、情報収集させてきた事もあって、町の噂に敏感だった。次平が治療している病人が治った後、無理に働いて、又身体を壊す人がいる事を嘆いていたので、人入れ屋の小さい店を探し、病後でもできる職業を探させる事にした。鉄平たちが、飲みに行っていた隠れ家のような飯店の親父が、博打に懲り、店を手放す羽目になった。おかみさんが嘆いていたのを聞いて、借金を肩代わりした。その代わり、医院への食事を作って貰う事になった。
鉄平は、次平の会計をすべて面倒を見る事になった。
もう一度盗賊をやるつもりはなかったが、金は、金持ちから貰う事が一番と考えた。向こうから来るように仕向ければいいと考えた。金持ちたちに、純三を使い、次平は名医と吹き込ませる事にした。次平はそれでも、行き倒れの人を介抱したり、無一文の人を介抱していた。その中に、町人風体の男がいた。三之助と云ったが、武士だと一目で分かった。元気になって手伝ってもらう事になった。人入れ屋の純次が面倒を見た。次平は、市中で有名な名医になっていった。
純次「親分、三之助という奴は、人に噂を振りまくのが、うまいですよ。あっしがこっそり親分に言われて、次平先生の評判を流しているでしょう。あいつは駕籠書きに噂をいったり、あっしの女房にも髪結いで言わせたりして、あっと云う間に、噂を広めてしまいました。」
鉄平「親分じゃない、鉄平さんと言え、あっしではなく、手前とか私とか言え。いつになったら、分かるんだ。三之助は、どっかの隠し目付だったらしい。あまり人の過去は知りたがるな。」
純次「そうでした。気をつけます。」
次平を慕う患者が増え、医師が足りなくなった。腕はいいが、留学先の先生と不仲になったり、留学中に女や博打で身を崩した医師たちを、三之助が集めてきた。中には真面目な医師もいたが、長崎留学の資金がなくなった医師もいた。
医師が増えると、次平は専門とする分野を分けて治療していく事にした。内科や外科や子供たちを見る人などに分けていった。三之助の宣伝効果もあって、医院は大きくなり、新しい大きな医院も増設した。金持ちたちにも次平の名前は浸透して、金も貯まってた。
源三も次平の評判が上がるのを利用して、薬種問屋を大きくして、薬草園も買い取り、その上南蛮由来の薬も調達し、こっそり次平に流していた。そして腹心の伍平たちを集め、薬草園と原末を管理させた。
そしてますます次平の評判は上がり、薬種問屋の利益も増えた。
鉄平は飲屋以外にも料理屋も買い取った。料理屋で、料理が下手だと不味いと文句言っている嫌味な男がいた。浪人風体の男だったが、鉄平は頭に来て、自分で何も出来ないくせに、ここより美味いものが作れるのかと言った。その男は京二と言った。京二は料理を作るととても美味しい料理を作った。
話を聞いてみると、医師で長崎留学中に、女に狂い、身を持ち崩した。女のひもになり、料理を作っている内に、料理が好きになった。ただ女には、金持ちの旦那がつき、京二が邪魔になった。京二は自尊心の強い男で、家を飛び出してきた。医師と聞いたので、次平の下で勉強をやり直してもらおうと思った。次平たちの医師は、知識や腕も優れた医師グループになっており、京二は自尊心の強い男だったが自分の腕も冷静に見せれた。食による医療を考え、病院食のようなものを考え、次平たちと相談して、医院や病人の家庭に配り始めた。
鉄平は、このままのんびりと暮らしていこうと思った。
鉄平と京二そして三之助は、女も一緒に買いに行った。この三人はよく仕事もしたが、女遊びは好きだったが、鉄平はなぜか女に深入りせずに、金だけで遊んだ。京二は女のひもにまでなったが、女を信用できなくなっていた。三之助はあまり自分の事を話さなかったが、某藩の目付で、諜報活動を行って、殿様の乱行を知り、諫めたが、結局居づらくなって、婿養子に遠縁の子を立てて継がせた。三之助自身も婿養子だったし、子供もできた。するとその嫁は息子に期待をかけ、三之助は隠居の形で、家から放り出された。三之助も女は信じなくなっていた。鉄平は、次平のために色々と金も使ったが、それなりに儲けていた。
次平の医院も大きくなり、もはや病院と言ってもよかった。源三の薬種問屋も儲けていた。料理屋の板前は、病人用の食を作らされて、文句を言った。京二も病人食以外に美味しい料理を作りたかった。鉄平は料亭のような高級料理店も作り、板前のご機嫌も取った。京二もそこでは、豪華な料理を作った。
カルバル先生は、病院を密かに訪れて、感嘆のため息をついた。こんな総合的な病院は母国にもそんなにない。しかも病後回復を重視する次平の考えもあり、今で言うリハビリも重視していた。
鉄平は次平の医療活動には協力し会計を見ていたが、鉄平は勿論慈善事業をしている訳でもなかった。源三たちも薬には詳しく、鉄平の薬種問屋の利益率は非常に高かった。
極めて短期間の間に鉄平の事業ネットワークは連携が取れ、鉄平のビジネスチームも充実していった。
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