虹色教室通信

遊びや工作を通して 子どもを伸ばす方法を紹介します。

学びの原動力は「謎」

2022-08-02 08:49:28 | 教育論 読者の方からのQ&A

『小さな友へ』という詩は、10年ほど前に、子どもたちに向けて書いた詩です。
もし何でも子どもたちにプレゼントできるとすれば、何を贈ればいいだろう?
私が子ども時代に手にしたもので、最高にすばらしかったものって何だろう?
今も宝物となっているものは何だろう?
そんな考えをめぐらせながら書いた詩です。

当時、私が、「子どもがもらって、心がときめくのはこれしかない」と考えたのは、『答えのない問い』でした。
つまり、『謎』であり、『不思議』であり、自分独自の『知りたい思い』『まだ答えが与えられていない未知の課題』です。
この思いは、10年経った今も、少しも変わっていません。

先日、『おせっかい教育論』 著者 鷲田清一 釈徹宗 内田樹 平松邦夫 (株式会社140B)という著書のもくじ欄で、『子供が育つには「謎」が必要』というタイトルを目にし、思わず、即、購入して帰りました。

この著書の中で、内田樹氏は、子どもにとって、成長の一番の契機になるのは「謎」だと断言しておられます。
子ども自身が自分の知的な枠組みを壊してブレイクスルーを果たすためには、「なんでこの人はこんなことをやっているんだろう」というミステリアスな大人が絶対不可欠なのだそうです。
学校では、文部省は一貫して教員たちの規格化・標準化を進めてきているので、一定の価値観の枠内の人しか教壇に立てなくなってきている問題を指摘しています。

鷲田清一氏は、大人が言うことが一色なのも問題で、いろんな考えがありうるという、複数の可能性のフィールドを提示するのが大人の責任だとおっしゃっています。

この著書で書かれているミステリアスな『謎』は、私が詩で表現した『謎』とは少し意味がちがっていたのですが、とても共感できるすばらしい本でした。

勝手に拡大解釈させていただいて……「子どもが育つには『謎』が必要」という言葉は、いろんな意味で、今子育ての場に最も足りないもので、最も重要なもののひとつでもあると感じました。

教室でもワークショップでも、子どもの目が輝き出し、一生懸命課題に取り組み出すきっかけとなるのは、「どうしてだろう?」「おかしいな」「不思議!」と感じた瞬間です。

子どもはすでにわかっていることを「覚えなさい」「練習しなさい」と言われるときではなく、「どうして?不思議!」と大人でも首をかしげるような疑問にぶつかったときに、全力で問題を解決しようとします。
そうして考えることの面白さに気づいた子は、普段の勉強もまじめにこなすようになっていきます。

『謎』は、上で紹介したような好奇心をくすぐる不思議との出会いや、価値観の異なる人々との出会いとは別に、『未知』であるという意味で、学ぶ意欲と深いところでつながっています。


虹色教室では、子どもたちと小さなものから大きなものまで、さまざまな創作活動をすることがよくあります。
子どもの興味に引っかかったものを、先行きについては『あいまい』なまま、気の向くままに、その都度、学べそうな要素をいろいろ盛り込みながら作っていきます。
こうした制作活動は、たいていの場合、いつも最初に期待していたよりも何倍も良い結果を得て終わります。

はじめ結果が読めないのは、その子その子の個性が混じるからです。
子どもによって、作ってるうちに、歴史や地理に強い興味を抱くようになったり、緻密に計算された作品を作るようになったり、根気が伸びたり、自己肯定感が上がって、何ごとにも積極的になったり、算数や理科が得意になったりとさまざまです。

そんな風にそれぞれが得るものは異なるけれど、手でする作業と、自分のなかの美を感じる気持ちと接触した後って、必ずといっていいほど、期待以上の結果を手にすることになるのです。

何かすごい作品を作ろうと力むのでなくて、面白そうだ~というアンテナにかかった作業にモクモクと熱中してみることで、子どもは素直になり、落ち着き、個性的な「自分」という感覚や、自由な生命力を取り戻すように見えます。

積み木で、幼稚園や小学生の子たちと、海上のピラミッド モン・サン・ミシェルやパルセノン神殿を作ったことがあります。
そうした製作はたった一日の出来事ですが、その後、教室では、古代のカレンダー、ストーンヘンジやピサの斜塔、コロッセオなど遺跡を作る子たちが続出し、学習への集中力や海外の文化に対する興味が高まりました。


日比野克彦氏と鷲田清一氏は、アートの「絵でも工作でも何かをつくることで、気持ちを共有したり、コミュニケーションの輪が広がったり、新しい発見ができたりする」という機能に着目しています。

「気持ちの共有」「コミュニケーション」「新しい発見」の3つは、虹色教室でも、製作活動中やその後で起こりやすいことです。

子どもが作品を作ったとき、時折、それを教室に飾っておいてあげると、「私も飾って!」と言い出す子がいて、描いたものを「誰か」が見てくれることがうれしくてたまらないという気持ちが、他の子の作品にも興味を持ち、自分の中にその良さを取り込んでいこうする態度に変わるときがあります。

また、ひとりの子の作品が、たくさんの子の心を揺さぶって、電子工作や歴史的な建造物を作るといったことが流行することがあります。

誰かが発見した科学的な仕組みを、別の子たちが別の作品で利用することが流行るときもあります。
「新しい発見を発表しなくちゃ!」というワクワクする気持ちと、小さなアイデアが広範囲に影響を及ぼす力に子どもひとりひとりが感動する気もちを持っています。

教室では、自然に遊びが共同制作へと流れていくことがよくあって、ピタゴラスイッチのような装置や、やどかりハウス(だんだん巨大化して屋根つきを作ります)などを、
「ぼくは、ここするから、そっちたのむよ」「これどう?いいでしょ?」「うん、すごいすごい!」といったやりとりをしながら、熱中する姿がみられます。
完成の喜びが、「磁石について、くわしく調べたい」「恐竜の時代について研究したい」など、強い知的好奇心に結びつくこともよくあります。

製作の場で、「気持ちの共有」「コミュニケーション」「新しい発見」が活性化されることと、日比野氏の『明後日の感覚』といったものはつながりがあると感じています。

「こういうものを作りなさい」「それぞれ個人で」など、ルールや先行きがかっちり決まりすぎていると、ただ作った~で終わっちゃいがちなんですね。

子どもを見ていると、人って個人的に何か上達することよりも、人とコミュニケーションを取ることや、互いに響きあうとき、誰かの役に立ったとき、認め合ったときに、
一番いきいきするんだなと感じています。

良い作品ができたとき、高い点数をつけてあげるより、「みんなに、どうやったらこんな風にできるのか教えてあげてちょうだい。みんなに、どこを工夫したか説明してあげてね!」と言った方が誇らしげな顔をしているのです。


日比野氏の言葉に、次のようなものがあります。
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そう展覧会でも、「この絵いいよね」という人もいれば、無言で通りすぎていく人もいる。
絵は同じでも、判断は百人百様です。
絵はダンボールに絵の具がのっているだけのものですが、人によっては、見た瞬間に時空を超えることもできる。
それって、芸術の力としては、絵描きの力よりも見る力のほうがすごいんじゃないか。
それで、だんだん、見る力のほうに興味が移ってきました。
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子どもに創作させるとき、「わが子が何を作ったか?」「他の子より上手か?」という点だけ気にかける親御さんはいるのです。
でも、本当は何も作っていなくても、他の子の作品を「見る」だけでも、見る力が高まっているんですよね。

「見る」力だけでなく、★幼児が「よく考える」ようになるステップ で取り上げたさまざまな力が、製作をお友だちと共有しあう場では、向上するのだと思います。

脳への「入力」自体が変わる、と言っても過言ではないのでしょうね。

日比野氏は美術を日常のなかに機能させる機会を広げることを、自分の役割と感じておられます。

美術を日常のなかに機能させる大切さって、すごく感じた出来事があります。
去年、母の死の後、私は母への供養の意味もあって、曼荼羅風の絵を何枚も描きました。

どうして曼荼羅かというと、母が末期癌におかされて入院中、「暇つぶしに」と、色鉛筆のセットと分厚い曼荼羅塗り絵というのを持っていったことがあるのです。
母は、クリスチャンだったので、曼荼羅と関わりがあるわけじゃないのです。ただパッチワークが好きだったので、曼荼羅が母の縫うパッチワークのパターンのようにも見えて買っていったのです。

数日後、入院先を訪れると、母のベッドに向かいのベッドの人がやってきて、「○さん、ありがとう。2枚も塗らせてもらっちゃったわ。心が落ち着くわ~ほんとに楽しいわね~」と言って、例の曼荼羅塗り絵を差し出しました。
母に塗り絵の進行状態を見せてもらうと、何十ページももう塗られていて、メモの欄に、病室の人らしき名前や看護士さん、実習生の方などの名前がつづられていました。

塗り絵の隙間には、○さん(母)に出会えて、私は感動しました。この塗り絵作業に(勝手にプロジェクト化していたのでしょうか?)参加させていただけて、どんなにうれしかったか……といったメッセージが、看護の実習生や看護士さん、病棟内の友人によって、いくつもいくつも書かれていました。

この曼荼羅塗り絵は母の形見としてもらおうかと思ったのですが、母が旅立つとき棺の母の顔の傍らに入れさせてもらうことにしました。

母のいた病棟は病が重い人が多くて、暗い気が立ち込めているような感じがあったのに、きゃっきゃっとはしゃぎあう高校生たちのような雰囲気で、塗り絵をしてよろこんでいる病棟の人々の姿と、それぞれの個性があらわれる色遣い、タッチなどの面白さが
今も目に焼きついています。

私も、スケッチブック一冊分、曼荼羅の絵を描き続けて、ようやく母の死を静かに受け入れられる心境へと移っていった気がします。

アートの力、すごいですね。

病棟の空気を一新したアートの力が、子どもたちの心に変化を起こしてくれないかな?
と、そんな夢を抱きました。



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