学びのプラスあるふぁ:日常の気付き

人の人生、それぞれが皆オリジナル。街を歩き人に話しかけることから「なるほど」と納得できる発見がある。

充実感の原点とは

2019-07-16 18:19:14 | 日記
「どうされていますか?」「お元気ですか?」とメールなどで声をかけてくれる教え子の人達や友人の言葉がうれしい。退職してからの日々で気付いたことは、特に記録するようなこともない日が数日続くと何か予定を立てようとカレンダーのノートにいろいろ計画を立てて書き込んだりするようになった。昔、休暇を取った後はなぜか仕事に戻る事が楽しみになったことを思い出した。
そこで、モールなどをぶらついて歩くというエキササイズ(運動)を時々試みてみる。店の中に足を踏み入れて最近の流行の靴やカバンを見て楽しむ。本屋さんに入って新刊書を手に取って数ページを立ち読みするのもいい。最近は店内に喫茶室を設けている書店もあり、休憩しながら数百円のコーヒで何冊もの本に目を通すこともできる。こうして2時間程度の運動後にスマホの歩数計を見るのがまた別の楽しみである。数字で表される何千歩で独特の達成感というか充実感を味わえるのである。「よし!体にいい事を今日はした!」というような‘生きる’という基本行為にすら満足感を味わったりもする。
どうやらこんな運動をしているのは僕だけではないらしい。歩いてはベンチに座ってひと休みを繰り返している人と頻繁に出会う。時には居心地のいい椅子に座ってぐっすり眠っている人すらいる。よちよち歩きの幼児の面倒を見ながらモールを楽しんでいる高齢者も見受ける。老人と幼児の動きを観察していると、“人は誰でも何かの役に立ちたいWe all want to be of use. ”と思っていることがよくわかる。老人は「あぶないよ!」と頻繁に繰り返しながら手を出し過ぎているように思う時もある。必死に幼児の後を追いかけている人もいる。「大変ですね」と声をかけてあげると、うれしそうにニコッと笑みが返ってくる。
“頑張る”とか“努力する”という表現は積極的に取り組んでいるという意味で考えてみると素晴らしい言葉である。しかし、無理やりに自分の意思に反して行う頑張りや努力は身体にとって毒になっても益にはならないと僕は考えている。

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