今回も吉野の民話をひとつ、紹介しよう!
女性の柔肌に魅せられ神通力を失った仙人がいたのです。
少し長い話ですが、面白いので、読んでくださいね。
久米の仙人
ずっーと昔、吉野に竜門寺ていうお寺があってな、
この寺に二人の男がこもって、仙人になる修行をしてたんやて。
一人はあつみ、もう一人は久米という男やった。
仙人になるには、滝にうたれたり、山や谷を駈け巡ったりの厳しい修行をして、
雲をおこしたり、風をよんだり、空を飛ぶ術を身につけんとあかん。
二人は毎日毎日修行を重ねて、とうとう、あつみの方が先に空を飛べるようになったんやて。
「ほな、先行くで」ゆうて、あつみは空の彼方に飛んでいってしもた。
「あーあ、先を越されてしもた」と、それからは、久米は夜寝るのも惜しんで修行した。
そうして、やっとのことでどうにか、空を飛べるようになったんや。
さあ、ちょっとでも空を飛べたら久米はうれしゅうてしゃあない。
はじめは山の辺りを飛んでたんやけど、
「わしもすてたもんやないで、もっと飛んで行けるがな」と、
調子に乗って、山里のほうまで飛んでいったんや。
吉野川の川辺りのほうを飛んでたときのことや。
ひょっと、下を見たら、若いきれいな娘が川で洗たくをしている。
裾を巻くし挙げて雪のように白い足を見せて、せっせと洗たくをしていた。
「わー、きれいなねえちゃんやなー」
久米は、くらくらっとして、自分が空を飛んでること、ころっと忘れてしもた。
そのとたん、ドスーンとそのまま下に落ちてしもた。
「ひゃあ、空から人がふってきたあ!」と、娘はびっくりしたけど、
気のええ久米と、なんとなく気が合うて、いつの間にやら二人は夫婦になってた。
折角厳しい修行して、やっと仙人になったのに、久米は唯の人間にもどって、
娘の村で、娘と仲良う暮らすようになったんや。
その頃、天皇が、高市(今の明日香村のあたり)に、新しい都を造ることにしはった。
大勢の人が集められて、材木や土を運んだりして都造りがはじまったんや。久米もその中にいてた。
ある日のこと、仲間等が久米のことを「仙人、仙人」と呼ぶのを聞いた役人が
「なぜ、久米を仙人と呼ぶのか」とたずねはった。
「へえ、あいつは、昔仙人でございましたが、
川で洗たくしてた女の足にくらくらっとして、
空から落ちてきよりましてな。わしらの村で住むようになりましてん」
それを聞いて、役人は
「ほう!もとは仙人であったのか」と感心して、久米を呼ぶと
「お前は、仙人であったそうじゃな。ひとつ頼みがあるのだが、
お前の術で材木運びを手伝ってはもらえまいか。
この大きな材木を運ぶのは難儀な仕事でな、怪我人も出ておる」
と頼まはってんて。久米は考えた。
「そんなこといわれたかて、わしはもう唯の人間に戻ってしもて、
術は使われへん。けど……人助けのためやったら……もう一回ためしてみよかなあ」
久米は
「できるかどうかわかりませんけど、もう一度やってみましょう」
そういうと、その日から、何も飲まず食わずで、
七日七晩こもって一心に祈り続けたんや。
八日目の朝、にわかに空を黒雲が覆い、雷がごろごろと鳴り響いたと思うと、
ざーっと物凄い雨が降り始めた。みんな恐ろしいて、ちっちょうなってたんや。
そのうち、ぴたっと雷がおさまると、空が晴れ渡っていったんや。
みんなが外へ出ると、材木が空を飛んでるがな。
山から切り出してぎょうさん積んだった材木が、
次から次へと浮かんでは都のほうへ飛んでいくんや。
都では、飛んできた材木がきちんと積み上げられていったんやて。
こうして、難儀な仕事があっという間にかたづいて、
みんな大喜びや。
天皇も、この話を聞いてえらい感心しはってな。
久米に広い土地をくださって、久米はそこにお寺を建てたんやて。
それが、今の橿原神宮の側にある久米寺やねんて。
原話:『ふるさとお話の旅 奈良・大阪―やまと・なにわの昔語り』星の環会
再話:吉房 啓子
女性の柔肌に魅せられ神通力を失った仙人がいたのです。
少し長い話ですが、面白いので、読んでくださいね。
久米の仙人
ずっーと昔、吉野に竜門寺ていうお寺があってな、
この寺に二人の男がこもって、仙人になる修行をしてたんやて。
一人はあつみ、もう一人は久米という男やった。
仙人になるには、滝にうたれたり、山や谷を駈け巡ったりの厳しい修行をして、
雲をおこしたり、風をよんだり、空を飛ぶ術を身につけんとあかん。
二人は毎日毎日修行を重ねて、とうとう、あつみの方が先に空を飛べるようになったんやて。
「ほな、先行くで」ゆうて、あつみは空の彼方に飛んでいってしもた。
「あーあ、先を越されてしもた」と、それからは、久米は夜寝るのも惜しんで修行した。
そうして、やっとのことでどうにか、空を飛べるようになったんや。
さあ、ちょっとでも空を飛べたら久米はうれしゅうてしゃあない。
はじめは山の辺りを飛んでたんやけど、
「わしもすてたもんやないで、もっと飛んで行けるがな」と、
調子に乗って、山里のほうまで飛んでいったんや。
吉野川の川辺りのほうを飛んでたときのことや。
ひょっと、下を見たら、若いきれいな娘が川で洗たくをしている。
裾を巻くし挙げて雪のように白い足を見せて、せっせと洗たくをしていた。
「わー、きれいなねえちゃんやなー」
久米は、くらくらっとして、自分が空を飛んでること、ころっと忘れてしもた。
そのとたん、ドスーンとそのまま下に落ちてしもた。
「ひゃあ、空から人がふってきたあ!」と、娘はびっくりしたけど、
気のええ久米と、なんとなく気が合うて、いつの間にやら二人は夫婦になってた。
折角厳しい修行して、やっと仙人になったのに、久米は唯の人間にもどって、
娘の村で、娘と仲良う暮らすようになったんや。
その頃、天皇が、高市(今の明日香村のあたり)に、新しい都を造ることにしはった。
大勢の人が集められて、材木や土を運んだりして都造りがはじまったんや。久米もその中にいてた。
ある日のこと、仲間等が久米のことを「仙人、仙人」と呼ぶのを聞いた役人が
「なぜ、久米を仙人と呼ぶのか」とたずねはった。
「へえ、あいつは、昔仙人でございましたが、
川で洗たくしてた女の足にくらくらっとして、
空から落ちてきよりましてな。わしらの村で住むようになりましてん」
それを聞いて、役人は
「ほう!もとは仙人であったのか」と感心して、久米を呼ぶと
「お前は、仙人であったそうじゃな。ひとつ頼みがあるのだが、
お前の術で材木運びを手伝ってはもらえまいか。
この大きな材木を運ぶのは難儀な仕事でな、怪我人も出ておる」
と頼まはってんて。久米は考えた。
「そんなこといわれたかて、わしはもう唯の人間に戻ってしもて、
術は使われへん。けど……人助けのためやったら……もう一回ためしてみよかなあ」
久米は
「できるかどうかわかりませんけど、もう一度やってみましょう」
そういうと、その日から、何も飲まず食わずで、
七日七晩こもって一心に祈り続けたんや。
八日目の朝、にわかに空を黒雲が覆い、雷がごろごろと鳴り響いたと思うと、
ざーっと物凄い雨が降り始めた。みんな恐ろしいて、ちっちょうなってたんや。
そのうち、ぴたっと雷がおさまると、空が晴れ渡っていったんや。
みんなが外へ出ると、材木が空を飛んでるがな。
山から切り出してぎょうさん積んだった材木が、
次から次へと浮かんでは都のほうへ飛んでいくんや。
都では、飛んできた材木がきちんと積み上げられていったんやて。
こうして、難儀な仕事があっという間にかたづいて、
みんな大喜びや。
天皇も、この話を聞いてえらい感心しはってな。
久米に広い土地をくださって、久米はそこにお寺を建てたんやて。
それが、今の橿原神宮の側にある久米寺やねんて。
原話:『ふるさとお話の旅 奈良・大阪―やまと・なにわの昔語り』星の環会
再話:吉房 啓子