タカシは、もう政治の話を聞くのには、ずいぶんとうんざりしていた。まるでひどいことしか起きていない。
何十万人被災していようと、テレビのニュースもそこに出てくる政治家も、まるでそういう人たちが存在していないかのように振舞っているようにみえた。
タカシがテレビドラマをほとんど見なくなってから、もう長く経つ。震災の辺りから、そういうものがあまりにもウソっぽく思えてきてしまったのだ。
タカシは日本が好きになれなくなっていた。愛国心の教育が足りないという保守主義者の声が新聞やテレビからたまに流れてくると、その原因を作ったのは全く教育ではない、恥ずかしい勘違い、と思うのだった。
早くこの国を出て行きたい。一刻も早く。
でも、タカシは外国で暮らしたことがなかった。彼の頭のなかの外国のイメージはすべて映画や小説から得たものだった。おそらくは都合の良いところばかり、頭のなかで編集されているに違いない。
タカシもそのことに薄々気が付いていた。
大学の先輩には、留学したことがあるものもいれば、全くそんなものは必要がないと考えるものもいた。
後者にあたる先輩のひとりは、「日本のことをよく知らないのに、外国に行っても仕方がない」と主張した。
逆に前者にあたる先輩のひとりは、決まって留学した先の国のことを引きあいにして話をしてきた。
タカシにとっては、どちらもしっくりこなかった。
どう考えても、一生かかったって、日本のことをすべて理解することなどできない。留学するのがそんなに遅くなってしまっては、何か大事なものを見過ごしてしまうような気がした。
かといって、留学した先の経験を金科玉条のように口にすることにも、少し腹が立っていた。それはそれで世界があまりにも狭い。
いずれにせよ、一度海外に行かなくてはいけない。
海外といっても一体どこに行けばいいのだろう。
留学先で思いつくのは、イギリスとアメリカしかなかった。英語もまだロクに話せないが、第二外国語のドイツ語なんて、もっと出来なかった。
そう考えると、少し悔しくなった。結局、英語圏の国に人が吸収されるのだ。
とりあえず、イギリス、にしておくことにした。
昔、日英同盟もしていたし、とタカシは考えた。そんな昔のことが何か意味のあることのようには思えなかったが、どういうわけかイギリスに何となく親近感を抱いていた。
おそらくイギリスを勘違いしている、とタカシは思っていた。何せイギリスのことなんて、何も知らないのだから。
でも、行かなければ分からない。なんだってそうだ。
タカシは現実的になることにした。
そろそろ真剣に考えないと、あっという間に大学生活が終わってしまう。就職活動もしなくてはいけない。
もし留学するなら、今しかない。
でも、留学には色々なものが必要だ。
英語の試験のスコア、向こうの受け入れ先、そして、何よりお金。
ああ、ビザとかも必要なはずだ。もし向こうで単位をとるなら、ある程度、英語の本を読んで先に勉強しておかなくちゃ。
考えただけで、諦めそうになった。
でも、この国から出るには努力しなくちゃいけない。
日本はどちらかと言えば恵まれているはずだ。密航したり、パスポートを偽造したり、親類を頼って行ったり、短期滞在で入ってタコ部屋に住んで不法に働かされたりしなくても済むはずだから。
もしかしたら、いつか日本人がそういうことをしなくてはいけなくなる日が来るかもしれない。
そしたら、日本は消滅するかもしれない、そんなことをするくらいなら、消滅を選ぶんじゃないかとタカシは思った。
でも、昔、南米に移住した人たちもいたと聞く。
遠い遠い親戚に、パラグアイに住んでいる人がいた。
全く親戚とは思えなかったのだけれど(その人は日本語もたどたどしかった)、でも、たしかにそういう人たちが、しかも身近にいたのだと思うと、全く不思議な気持ちだった。
いずれにしても、そういう人たちの苦労から見れば楽なはずだ。
タカシはひとつひとつ準備していくしかないと腹をくくることにした。
何十万人被災していようと、テレビのニュースもそこに出てくる政治家も、まるでそういう人たちが存在していないかのように振舞っているようにみえた。
タカシがテレビドラマをほとんど見なくなってから、もう長く経つ。震災の辺りから、そういうものがあまりにもウソっぽく思えてきてしまったのだ。
タカシは日本が好きになれなくなっていた。愛国心の教育が足りないという保守主義者の声が新聞やテレビからたまに流れてくると、その原因を作ったのは全く教育ではない、恥ずかしい勘違い、と思うのだった。
早くこの国を出て行きたい。一刻も早く。
でも、タカシは外国で暮らしたことがなかった。彼の頭のなかの外国のイメージはすべて映画や小説から得たものだった。おそらくは都合の良いところばかり、頭のなかで編集されているに違いない。
タカシもそのことに薄々気が付いていた。
大学の先輩には、留学したことがあるものもいれば、全くそんなものは必要がないと考えるものもいた。
後者にあたる先輩のひとりは、「日本のことをよく知らないのに、外国に行っても仕方がない」と主張した。
逆に前者にあたる先輩のひとりは、決まって留学した先の国のことを引きあいにして話をしてきた。
タカシにとっては、どちらもしっくりこなかった。
どう考えても、一生かかったって、日本のことをすべて理解することなどできない。留学するのがそんなに遅くなってしまっては、何か大事なものを見過ごしてしまうような気がした。
かといって、留学した先の経験を金科玉条のように口にすることにも、少し腹が立っていた。それはそれで世界があまりにも狭い。
いずれにせよ、一度海外に行かなくてはいけない。
海外といっても一体どこに行けばいいのだろう。
留学先で思いつくのは、イギリスとアメリカしかなかった。英語もまだロクに話せないが、第二外国語のドイツ語なんて、もっと出来なかった。
そう考えると、少し悔しくなった。結局、英語圏の国に人が吸収されるのだ。
とりあえず、イギリス、にしておくことにした。
昔、日英同盟もしていたし、とタカシは考えた。そんな昔のことが何か意味のあることのようには思えなかったが、どういうわけかイギリスに何となく親近感を抱いていた。
おそらくイギリスを勘違いしている、とタカシは思っていた。何せイギリスのことなんて、何も知らないのだから。
でも、行かなければ分からない。なんだってそうだ。
タカシは現実的になることにした。
そろそろ真剣に考えないと、あっという間に大学生活が終わってしまう。就職活動もしなくてはいけない。
もし留学するなら、今しかない。
でも、留学には色々なものが必要だ。
英語の試験のスコア、向こうの受け入れ先、そして、何よりお金。
ああ、ビザとかも必要なはずだ。もし向こうで単位をとるなら、ある程度、英語の本を読んで先に勉強しておかなくちゃ。
考えただけで、諦めそうになった。
でも、この国から出るには努力しなくちゃいけない。
日本はどちらかと言えば恵まれているはずだ。密航したり、パスポートを偽造したり、親類を頼って行ったり、短期滞在で入ってタコ部屋に住んで不法に働かされたりしなくても済むはずだから。
もしかしたら、いつか日本人がそういうことをしなくてはいけなくなる日が来るかもしれない。
そしたら、日本は消滅するかもしれない、そんなことをするくらいなら、消滅を選ぶんじゃないかとタカシは思った。
でも、昔、南米に移住した人たちもいたと聞く。
遠い遠い親戚に、パラグアイに住んでいる人がいた。
全く親戚とは思えなかったのだけれど(その人は日本語もたどたどしかった)、でも、たしかにそういう人たちが、しかも身近にいたのだと思うと、全く不思議な気持ちだった。
いずれにしても、そういう人たちの苦労から見れば楽なはずだ。
タカシはひとつひとつ準備していくしかないと腹をくくることにした。