消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.179 夢と現金

2007-10-10 00:14:17 | 金融の倫理(福井日記)

 過去のデータから判断すれば失敗の可能性のある対象に投資することによって、大儲けしたいという心理が投資家にはあると、竹森俊平氏が、讀賣新聞に投稿されている(「投資家心理」(地球を読む)『讀賣新聞』二〇〇七年九月九日付)。氏の主張点の内容を私風にアレンジして紹介しておきたい。

 イチローになることは夢である。厳しいプロ野球で成功することは至難の業であり、普通のサラリーマンになる方が安全である。しかし、イチローになりたいと願う人がいる。ビル・ゲイツになろうと夢見る人がいる。そうした人が経営者にいて、その人の夢が経済を活性化させる要因となる。それが、「前例のない革新的ビジネス」と言われるものである。この革新的ビジネスという夢に投資する心理が投資家にはある。前例のない「不確実性」に人は夢を見る。しかし、夢は所詮、夢に終わる場合が多い。

 ここに問題がある。
 「『夢』と『危険』は本来盾の両面で、投資家の心理において『夢』は『危険』に変わることだ。気紛れな市場心理で経済は混乱する」。

  一九九六年、世界の投資家たちは東アジアに奇跡の成長の夢を見た。膨大なドルがこの地に流入した。ところが、翌年には投資家は夢を危険性の認識に変えた。一九九七年夏、一斉に膨大なドルが引き揚げた。タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、韓国の五か国のGDPは、一年足らずの短期間に一一%も急激に減少した。資本逃避が東アジア経済を破壊した。

 そして、翌年夏、ロシアのデフォールト(対外債務支払い不履行)で投資家の夢はとどめを刺された。以後、投資家は、現金、つまり、ドルか、容易に現金化できる米国債に乗り換えるようになった。

 そして、安全なドルの母国、米国への投資がいいという心理状態に投資家は漂っていった。 自国への投資よりも、米国への投資に傾斜してしまったのである。そうした投資家心理を利用して、『危険』を『安全』に変える金融新技術、いや一種の錬金術」が生まれた。サブプライム・ローンがそれである。低い所得しかないからこそ、プライムではないサブプライム・ローンが組まれる。しかし、金融機関はローンの借り手の弁済能力についてろくに審査せずに融資し、融資総額という貸出債権を証券に変えて、投資銀行に売る。貸し倒れの危険性をローンの出し手が避け、証券の買い手も危険を分散化できるというのが、この証券化のミソである。

 しかし、それだけでは、弁済に問題があるサブプライム・ローンを担保とする証券を、投資銀行は転売できなくなる。そこで、安全な債券と組み合わせて新金融商品として投資家に転売される。そのさい、投資家というのは、乏しい資金しかもっていない個人の小口投資家を指す言葉ではない。何万ドルも動かせる富豪が出資するヘッジファンドがそれである。富豪はプロを自認するファンドマネジャーたちに自己の財産の運用を託す。ヘッジファンドが新金融商品を購入する。新金融商品は、多様な債券を組み合わせたものである。組み合わせによっては、格付け機関からトリプルAというもっとも安全であるというお墨付をもらえることもある。

 氏はこの投稿文では触れておられないが、もし、新金融商品を売り出す投資銀行と格付け会社がつるんでいたらどうなるのか。サブプライム・ローン問題の重要な責任の一端は、格付け会社が担うべきである。問題が深刻化するまで、格付け会社は危険極まりない新金融商品に高い格付けを与え続けていたからである。

 新金融商品が、トリプルAではない危険そのものであったことに気付いた投資家たちは、再度、現金を求めて右往左往するようになった。しかし、今度は、ドルという現金や容易にドルという現金に転換できる米国債を忌避し出した。ドルすら安全ではないということになってしまった。行き所のなくなった投機資金が向かうのは再生不能資源、枯渇可能性のある資源、具体的には原油・天然ガス・希少金属であろう。かくして、世界経済は、資源価格の高騰によるインフレーションと景気が停滞するスタグネーションとの同時進行があるスタグフレーションの再燃に見舞われるであろう。

 「経済学者はなぜ、一般投資家に『危険』を警告しなかったのか」。

 竹森俊平氏の文章をなぞりながら私見を述べてしまったが、氏のこの告発は強烈である。

 無謀な貸付から金融危機が引き起こされるとき、はじめのうちは、政府は、貸し手責任を追及し、借り手の保護に走る。サブプライム・ローン問題の初期の局面における米政府の政策がそうであった。最初は、住宅バブルにのめり込んだ金融機関を見る政府とマスコミの目は冷たかった。何も手を打たなかった。ようやく、二〇〇七年八月末に米政府が動いたが、米連邦住宅公社による信用保証の拡大といった借り手保護対策であった。金融機関に返済できそうにない借り手の返済期間を延ばしたり、債務の一部削減を金融機関に要請した。つまり、貸し手側の金融機関を救済するのではなく、貸した方が悪いとして金融機関の負担の下に借り手の救済を優先した。

 しかし、短期資金繰りが苦しくなった。ことは深刻化する一方であった。サブプライム・ローンの貸し手は、資金源として資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)発行をも利用していた。ローン貸し手のCPの担保資産はローンであった。住宅バブルの崩壊とともに、当然、担保価値は下がり、住宅ローンを担保とするABCPはまったく売れなくなってしまった。それは住宅購入ローンを減少させ、さらに住宅価格の下落に拍車がかかり、ローン返済を滞らせた。

 次第に、議会から不良債権買い取りの要請が大きくなった。ファニーメイなどの住宅ローン債権の買い取り枠拡大要請などがそれである。

 そして、ニューヨーク連銀は、公定歩合による貸し出しの担保にABCPを使うことを認めたしかし、それだけでは効果はないであろうと、読売新聞社の編集委員、太田康夫氏は指摘された。氏は、ニューヨーク連銀がABCPを買い入れることをしなければ、二〇〇二年時点の日本経済のようになると言う(「米サブプライム対策─日本と同じ」(ニュースの理由(わけ))『讀賣新聞』二〇〇七年九月一八日付)。貸し手に責任があるとして金融機関が抱えている不良債権の買い上げを政府機関が行わなければ、信用危機が深刻になってしまう。ABCP発行者は、確かに、バブルまみれの金融機関だが、事態は放置できないというのである。

 太田康夫氏によれば、バーナンキFRB議長には、プリンストン大学教授をしていた一九九九年に書かれた、日本政府の不良債権処理が生ぬるいと批判した論文「日本の金融政策、自ら招いた機能停止」があるという。

 サブプライム・ローン問題のあおりを受けて、住宅融資業務を中心とする英中堅銀行のノーザン・ロックが短期資金市場からの資金調達面で困難になった。そこで、二〇〇七年九月一四日、イングランド銀行(BOE)が、政策金利に一定の上乗せ金利を適用して必要な資金を同行に緊急融資をした。BOEは、一九九七年に政府から独立している。それ以来、BOEが民間金融機関に融資するのは初めてである。

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