消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.180 短期化する金融

2007-10-11 01:32:01 | 金融の倫理(福井日記)

 金融市場が短期化している。長期金融自体が短期資金に依存するようになってしまった。サブプライム・ローン問題が深刻化したのも、本来が長期の金融であるべき住宅ローンが短期資金に依存するようになってしまった結果である。

 米国では、二〇〇七年に住宅ローン会社が相次いで倒産した。八月末までに九〇社が破綻に追い込まれ、四万人が解雇された。破綻の大きな原因として事業資金を返済期間一年以内の短期融資に依存しすぎたことが挙げられる。

 住宅ローンという長期の融資を行うのに、住宅ローン会社は、その資金を住宅ローン債権を担保にした銀行借入に頼ってきた。借り入れはほとんど一年未満のものであった。この担保価値が銀行に認められなくなり、銀行からの借り入れができなくなって、住宅ローン会社が倒産したのである。

 米国における民間住宅ローン会社の最大手にカントリーワイド・ファイナンンシャルという会社がある。手持ち現金約一一億ドルに対して、一年以内に返済しなければならない負債が約六〇〇億ドルもある。バック・オブ・アメリカが二〇億ドルの緊急融資を同社に与えたが、焼け石に水であった。

 ローン債権を担保に銀行から一年未満の資金を借り入れて、それを住宅ローンとして貸し付ける。その債権を担保にさらに、銀行から借り入れて、また住宅ローン貸付に回すという自転車操業を米国の住宅ローン会社は継続してきた。

 この短期資金による自転車操業に加えて、レバリッジに依存しすぎたことも住宅ローン会社が行き詰まった原因である。住宅ローン返済の焦げ付き、そのことによる不良債権の発生によっって、住宅ローン会社が行き詰まったのは確かであるが、そうした不良債権自体は大きくはない。債権全体に占める不良債権は、カントリーワイド・ファイナンシャルの場合、一%程度にすぎない。日本のバブル崩壊後、日本の銀行の不良債権比率が八%もあったことを考えると、米国の住宅ローン会社の不良債権比率は微々たるものである。

 わずか一%程度の不良債権によって、経営が行き詰まったは、ベバリッジ(梃子の原理)に依存してきたからである。少ない自己資金で大量のの借り入れ、大量のローン回転という営業戦略を採用してきたことが、短期資金が回転しなくなったときに、破綻を引き起こしたのである。

 ヘッジファンドがサブプライム・ローン関連で破綻したのも同じことである。ヘッジファンドも自己資金の一〇倍から二〇倍もの資金を借り入れていたのである(『讀賣新聞』(二〇〇七年八月二四日付)。

 短期資金が回らなくなったことで、米国ではM&Aも頓挫してしまっている。例えば、大手のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)というM&A業務を主体とするファンドがある。このKKR傘下の不動産取引会社が、自己の保有する住宅担保証券の値下がりで二〇〇七年八月一六日、二億四〇〇〇万ドルの損失を発生させた。KKR創設者のジョージ・ロバーツは、同社が資金調達面で困難な状態になっていることを説明した。このために、同社が手掛けていた米電力大手のTXUの買収が一頓挫してしまった。この買収額は約四五〇億ドルと言われているが、この資金調達ができなくなったのである。TXU幹部は、買収が実現しなければ会社を分割しなければならないと窮状を訴えている(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一七日付)。

 巨額のM&Aによって、米国の株価が押し上げられてきたと言える。しかし、いまにきてその資金が枯渇し、ファンドの破綻が相次いでいる。

 米国の住宅ローン貸付残高は約一〇兆ドル(約一二〇〇兆円)で、うち約六兆ドル(約七〇〇兆円)が小口に分けられて証券化されている。これが、すでに説明したように、住宅ローン担保証券と呼ばれている(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一一日付)。

 日本の銀行は、この小口化されたサブプライム・ローン債権を裏付けとして発行された証券を買っていた。三菱UFJフィナンシャル・グループが七月末時点で二八〇〇億円程度、三井住友フィナンシャル・グループが一〇〇〇億円、新生銀行が五九四億円(ただし、サブプライム・ローン以外の米住宅ローン関連を含めている)、みずほが五〇〇億円、あおぞら銀行が二一〇億円程度をサブプライム関連金融商品を購入している。

 三菱UFJフィナンシャル・グループは、二〇〇七年八月一四日、サブプライム・ローン関連の損失を発表した。関連の金融商品の価格下落で評価損は約五〇億円とされた。

 住友信託の発表も同じ日に行われた。投資残高は一三五億円、評価損は二億円であった。同行は、サブプライム・ローン関係のファンドにも一二三億円を投資していて、四億円の損失を出したと発表した(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一五日付)。

 三井住友は二〇〇七年第二・四半期(四~六月期)決算で数十億円の損失を計上した。みずほは七月末までにすべて売却したが、損失は六億円程度出している。日本の銀行は、格付けの高い金融商品しか購入していなかったために被害は軽微であったとされているが、それでも、野村ホールディングスは七二六億円もの損失を二〇〇七年前半期で出した。

 大和証券グループや日興コーディアル、大手生命保険会社は、サブプライム・ローン関連商品には投資していないとされている。金融機関自体が正確な数値の公表を渋っているからである。

 しかし、正確なことは分かっていない。あおぞら銀行は二〇〇七年六月末で四四億円の含み損を抱えたのに、実際に損失として計上したのは、大幅な価格下落があった商品だけに限定した七〇〇〇万円だけであった。損失額は今後大幅に膨らむ可能性がある。

 山本金融相は、二〇〇七年八月一〇日の記者会見で、日本には深刻な影響はないと言い切った(『讀賣新聞』二〇〇七年八月一一日付)。

 米紙『ウォール・ストリート・ジャーナル』(電子版)は、二〇〇七年八月一六日、フランスのサルコジ大統領が、ムーディーズ・インベスターズ・サービスなどの米格付け会社の調査をG7(先進七か国財務相・中央銀行総裁会議)に要請したと報じた。欧州委員会も同日、米格付け会社の金融機関や企業の信用力をどのようにして判定しているのかの調査に乗り出す方針であるとを発表した。サブプライム・ローンを担保にした証券を保有する投資家に含み損を抱えるリスクを警告するのがきわめて遅かったというのが、フランス大統領と欧州委員会の認識である。

 米国議会には、過剰な住宅融資を招いた責任をFRB前議長のグリーンスパンに帰する論調がある。

  議長就任二か月後の一九八七年一〇月のニューヨーク株式市場の大暴落で、世界同時株安を引き起こしたブラックマンデーのさい、素早く金融市場に巨額の資金を流して市場の混乱を防いだ実績がグリーンスパンにはある。しかし、ITバブル崩壊、同時テロ後に実施した相次ぐ利下げが世界中に金を氾濫させたという批判も同時に出されている。アラン・グリーンスパン在任期間は、一九八七年八月から二〇〇六年一月までのじつに一八年半という長期に及んだ。

 現在のベン・バーナンキFRB議長は、二〇〇六年二月に就任している。プリンストン大学経済学部長であった二〇〇二年にFRBに転身し、一九三〇年代の大恐慌やデフレに関する研究で成果を挙げている。中央銀行が目指す物価上昇率を明示して金利を調整するインフレ・ターゲット」論者として知られている。つまり、FRB時代には、米国がデフレに陥る可能性があることを警戒していた人である。金融緩和を促したという意味で、グリーンスパンの路線を継承していると見なすことができる(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二〇日付)。

 いずれにせよ、短期資金を湯水のように市中に供給するしか金融当局による政策実施ができないこと、長期金融ですら際限なく短期金融に置き換えられていることは、現在の金融システムを極めて脆いものにしている。新金融商品がそうした事態を招いた主犯である。

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