消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.177 サブプライム・ローンのババ抜きゲーム

2007-10-08 01:15:31 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年八月一七日、FRBは、公定歩合を、それまでの年六・二五%から〇・五%下げて、年五・七五%にするという緊急利下げを発表した。公定歩合とは、連銀が金融機関に資金を貸し付ける際の基準金利である。

 公定歩合と似たものに、フェデラル・ファンド(FF)金利がある。フェデラル・ファンドとは、日本のコール市場に相当する短期金融市場の資金のことであり、FF金利が、米国では、短期金利の誘導目標値となっている。この日は五・二五%の水準で据え置かれた。FRBは、金融の混乱を防ぐと声明を出した。

 サブプライム・ローン騒動の特徴の一つに、世界的な金融混乱が生じながら、円がドルに対して高くなったことである。円高で輸出収益に打撃があると判断された輸出依存企業の株価もそれとともに大幅に下げた。わずか一日で、一〇%前後も関連企業の株価が下がった。東証一部の時価総額は二〇〇七年七月九日から八月一七日までの約一か月超の間に約九九兆円も吹き飛んだのである。

 二〇〇七年第三・四半期の日本の輸出企業の想定為替レートは一ドル=一一五円に設定されていた。トヨタは、一円の円高で年間三五〇億円の営業利益の減少になるという。八月一七日には一一一円まで円高が進んだことから、市場が大きく動揺したのも当然であった。この円高は、一年二か月ぶりであった。六月二二日には一二四円だったのだから、二〇日間で一二円も一気に円高になったのである。日経平均(二二五株)は七年四か月ぶりとなる下落幅であった。日経平均株価(二二五種)は、二〇〇七年七月九日の一万八二六一円九八銭から八月一七日には一万五二七三円六八銭にまで下がったのである。

 これは、低金利の円を借りて、別の通貨に転換し、それを株や為替市場で運用するという「円キャリー取引」の逆転が生じたことを意味している。借りた円を返すべく、円買いが進行していたのである。つまり、円を借りて、国際金融市場で運用する場がなくなり、とりあえず円は返却しておこうというのが、この時の円高なのであって、けっして日本経済の先行きを楽観することから生じた円高ではなかった。

 サブプライム・ローン残高は、一兆三〇〇〇億ドル程度であると言われている。ちなみに、米国の国内総生産(GDP)は一三兆ドル超である。誰がどれだけこの不良債権をもっているかが不明なために、信用不安が世界中に広まった。サブプライム・ローンという不良債権が証券化されたのは確かであるが、自分たちが購入した証券のうち、どれだけがサブプライム・ローンが含まれているのかが不明なまま、その証券が世界中に散らばってしまったのである。

 日本に関して言えば、株式市場の過半数が外国人によって取引されている。貯蓄から投資へと政府が旗を振っても庶民はついて行かないままである。株式が完全に投機市場になっていることを庶民は肌身で感じているからである(数値は、『讀賣新聞』二〇〇七年八月一八日付から得ている)。

 パニックは、フランスの大手金融機関のBNPパリバが、傘下の三つのファンドで相次いでいる解約を拒否・凍結したことから始まった。欧州時間の二〇〇七年八月九日午前八時のことである。

 この報が世界中を駆けめぐり、金融市場では短期資金の出し手がいなくなり、短期金融市場が麻痺した。そして、世界の株式市場は軒並み大幅な株安に見舞われた。各国通貨の為替相場も乱高下した。

 資金の返済期限が一年以内のものを短期金融市場という。それは、余剰資金をもつ銀行や事業会社が、決済資金を必要とするところに短期間融資する市場である。金融機関だけの市場をインターバンク(銀行間)といい、事業会社も参加する市場をオープン市場という。

 日本のインターバンク市場でもっとも代表的なものがコール市場である。呼べばすぐに返ってくるという意味で、そう命名されたのである。手形市場もこの市場を構成する。

 オープン市場には、優良企業が発行する約束手形であるコマーシャル・ペーパー(CP)や譲渡性預金(CD)などがある。

 米国でコール市場に当たるのがフェデラル・ファンド(FF)市場である。ヨーロッパでも銀行間で翌日返済するコール市場があり、そこで決まる金利を「イオニア金利」と呼んでいる。

 短期金融市場で短期資金の出し手がいなくなってしまうと、短期金融市場だけではなく、金融市場全体が麻痺してしまう。無数の銀行がインターバンク市場で結ばれているので、どこかの銀行が資金繰りに行き詰まって破綻してしまうと、連鎖的に破綻が広がる。そうなれば、世界中の金融システムが機能不全になる。こうした事態を避けるために、各国の中央銀行は、緊急時には、短期金融市場に資金を放出するのである。

 サブプライム・ローン問題が顕在化して、一時的に、銀行やファンドが金融市場で資金調達できなっていた。そこで、欧州中央銀行(ECB)と米連邦準備制度(FRB)、そして日本銀行が一週間の間に円換算で総額四〇兆円もの大規模な資金を短期金融市場に供給したのである。

 二〇〇七年八月になって、サブプライム・ローン問題が浮上し、ファンドの解約が相次いだ。解約に応じるために、ファンドは運用している資産を売却しようとしたが、買い手がつかなかった。つまり、証券の価格体系が麻痺してしまったのである。

 証券価格は格付け会社の指標によっている。しかし、高い格付けをされた証券が大きな損失を出すという事態が発生して、市場が格付け会社の指標を信じなくなってしまい、価格体系が麻痺し、取引が瞬時にして萎縮してしまったのである。

 米国のローン会社は、住宅購入者に融資したときに、住宅を担保にした住宅ローン担保証券(RMBS)を発行している。それを投資銀行などの金融機関がまず買い、それに自動車ローンなどを加味して債務担保証券(CDO)に加工する。このCDOを金融機関がファンドや銀行に売却するのである。

 背景には、膨大な資金が優良な貸付先を求めて動き回っているが、貸付先が不足して、資金過剰が発生しているという事情がある。ハイリスクだが高利回りを狙える証券化商品にファンドが殺到してしまったのである。

 最初は、ドイツの中堅銀行であるIKBドイツ産業銀行傘下のファンドがサブプライム・ローン関連で損失を出し、政府系の復興金融公庫(KfW)が救済に乗り出した。ドイツ連邦銀行のアクセル・ウェーバー総裁は二〇〇七年八月二日に、金融危機には発展しないと明言したのに、そのわずか一週間後にパリバ・ショックが起こったのである。

 CDOの期間はわずか一~三か月である。つまり、カード・ゲームのババである。このババは非常に高い収益をもいたらしてくれが、いつ破綻するかもしれないという非常に危険なものである。破綻する前に高い収益を得て、慌てて別の投機家に回すということを繰り返すために、こお種の証券は短期化せざるをえない。このわずか一~三か月という短期の資金循環が返済期間三〇年という住宅ローンの原資を構成しているのである。担保があるといってもそれは不動産であり、そうそう簡単には現金化できないものである。その意味において、過去の金融危機に比べて、サブプライム・ローンは質の悪いものであると言わねばならない。

 米国では二〇〇七年一~七月の短期間に九〇社以上の住宅ローン会社が破綻し、四万人もの従業員が解雇されたという。八月六日には、大手のアメリカン・ホーム・モーゲージ・インベストメントが破綻した。

 すでに説明したが、サブプライム・ローンは、プライム・ローンの下に三流の融資という意味である。

 
借り手の信用度の高いローンが、プライム・ローンで、年利六~八%の固定金利である。それより格付けの低いローンに「オルトA」、「ジャンボ」などがある。さらに格付けの低いのがサブプライム・ローンである。最初の二年間の金利はプライム・ローンよりも低く年利五~六%である。これが落とし穴である。過去に何度もクレジット・カードの返済に遅れるなど信用度の低い人をプライム・ローンよりも低い金利でつり、三年目からは年利七~一五%にも引き上げるのである。住宅価格が上昇していて、金利が低いときには、サブプライム・ローンは維持できたが、住宅バブルの崩壊、金利上昇に見舞われると返済できない人たちが続出することなど初めから分かっていたことである。しかし、証券化が繰り返されるなかで、それを購入したファンドや銀行はサブプライム・ローンがどの程度組み込まれているかが分からなくなってしまった。もはや、必要な人に流動性を供給するのが証券化の機能であるなどとは言えない情況下に昨今の最先端の金融は陥ってしまっていたのである。

 サブプライム・ショックの推移を日誌風に記しておこう。

 以上は、「検証・サブプライム問題(上)」『讀賣新聞』二〇〇七年九月四日付を参照した。

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