消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(82) 新しい金融秩序への期待(82) 平成恐慌の序幕(4)

2009-02-13 09:39:51 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


  四 日本の苦境


 日銀は、〇八年一〇月末に七年七か月ぶりの利下げに踏み切っていた(13)。〇八年九月のリーマン・ショック時、当時の与謝野・経済財政相が国内経済への影響は「ハチが刺した程度」と表現していたほど、日本政府の危機感は薄かった。したがって、日銀はそれ以上の利下げはないと判断していた。しかし、〇八年一〇月下旬に日経平均株価が一時、七〇〇〇円を割り込み、バブル後の最安値を記録した。

 日経平均株価の歴代の下落率を大きい純に並べると以下の通りである。

 ①二〇〇八年(四二・一%)、②一九九〇年(三八・七%)、③二〇〇〇年(二七・二%)、④一九九二年(二六・四%)、⑤二〇〇一年(二三・五%)、⑥一九九七年(二一・二%)、⑦二〇〇二年(一八・六%)、⑧一九七三年(一七・三%)、⑨一九七〇年(一五・八%)、⑩一九六三年(一三・八%)(『日本経済新聞』二〇〇八年一二月三一日付)

 円相場も一二月中旬に一ドル=八七円台まで急騰し、輸出産業を直撃した。
 しかも、FRBが、〇八年一二月一六日、米国史上初の事実上のゼロ金利と量的緩和に踏み切った。しかも、FRBはCP(コマーシャル・ペーパー)の買い取りという禁じ手まで打ち出した。民間企業が短期資金を調達するために発行するCPを買い取り、一定期間後引き取らせないという「買い切り」にFRBは踏み出したのである。これは、非常に危険な選択である。FRBが買い切ったCPの発行企業が倒産してしまえば、FRBにも損失が及ぶからである。しかし、米国では、CPの買取でFRBが損失を被れば、米政府が信用補完措置を講じる態勢ができている。

 こうした、背景の圧力を受けて、〇八年一二月一九日、日銀は、政策金利を年〇・一%にまで下げに加え、長期国債買切の増額、CPの買切などの量的緩和政策を採用した。日本もまた禁じ手を採用したのである。

 しかし、米国とは異なり、日本には、CPに関する信用補完態勢はない。よしんば、日銀がCP買切で損失を出しても、日本政府は日銀に損失補填をおこなわないのである。未曾有の危機を日本では日銀一人が背負い込んでいる。もはや伝統的な利下げ政策を採用できない日銀は、これまでの伝統的な政策展開をできなくなってしまっているのである(「〇八金融危機5」、『讀賣新聞』二〇〇八年一二月三〇日付)。

 「我々は一〇〇年に一度の『信用危機の津波』(クレジット・ツナミ)のまっただ中にいる」と〇八年一〇月の米下院公聴会で、グリーンスパン・前FRB議長は発言した。この言葉がいまではもっとも頻繁に引用されているものである。この言葉は、〇八年九月上旬に出版したペーパーバック版の『波乱の時代』(グリーンスパンン[2008])に出ていた。そこでは、〇八年の金融危機を「一〇〇年に一度か、五〇年に一度の事態」と表現されていた。

 日経平均株価が過去最大の下落に見舞われた〇八年は、世界の主要株式市場も同時に大幅安となった年であった。

 
世界主要市場の〇八年の株価年間下落率を下落幅の大きい純に並べると以下の通りになる。数値は、アジア・オーストラリア各国で〇八年一二月三〇日、他は二九日と〇七年末の終値を比較したものである。

 ロシア(七一・九%)、中国・上海(六五・二%)、インド(五二・一%)、イタリア(五〇・三%)、アルゼンチン(五〇・〇%)、シンガポール(四八・九%)、香港(四八・八%)、台湾(四六・一%)、フランス(四四・二%)、オーストラリア(四四・一%)、日本(四二・一%)、ブラジル(四二・〇%)、ドイツ(四一・七%)、韓国(四〇・七%)、スペイン(四〇・六%)、カナダ(三七・六%)、米国(三六・〇%)、スシス(三五・六%)、英国(三三・一%)、南アフリカ(二七・〇%)(『日本経済新聞』二〇〇八年一二月三一日付)。

 もっとも下落率の大きかったロシアは七割超もの大幅なものであった。一年で世界の株式時価総額の下落額は二九兆ドル強(二六〇〇兆円)であり、〇八年末の時価総額は三一兆ドル強(二八〇〇兆円)とほぼ半減した。

 国際取引所連合(World Federation of Exchanges=WFE)(14)によると、世界の株式時価総額のピークは〇七年一〇月末の六三兆〇五〇〇億ドル(五七〇〇兆円)であった。消えた二九兆ドルは、〇七年の世界のGDPの五割強に相当する。一五〇〇兆円弱とされる日本の故人金融資産の二倍近くの大きさである。

  株価下落が金融機関を直撃した。日本でも、金融機関の含み益をなくし、含み損をもたらした。〇八年末現在で日本の大手銀行グループは六つである。三菱UFJフィナンシャル・グループ(FG)、みずほFG、三井住友、りそな、住友信託、中央三井の六グループである。これら六グループの含み益は〇八年六月末には五兆二〇〇〇億円あった。それが、九月末には二兆八〇〇〇億円に下がり、一二月末には八〇〇億円を切ってしまった。つまり、含み益が半年で九八%も下がり、財務体力が急激に落ちた。

 大幅な株安によって、保有株は減損処理しなければならなくなった。日本の金融六グループは、九月中間決算で三〇〇〇億円の減損額を計上していたが、一〇~一二月期には大幅な追加計上をすることは避けられない。顧客企業の業況悪化で不良債権処理損失も膨らんだ。そのために、最終赤字に転落する大手銀行も出た。
 事実、三菱UFJフィナンシャル・グループとみずほFGの〇八年一〇~一二月期連結決算が最終赤字に転落した。赤字額はそれぞれ数百億円規模と〇九年初では予想されていた(〇九年一月末発表予定)。四半期ベースの最終赤字は、三菱UFGにとって、〇五年一〇月の発足以来初めてである。みずほFGは二期連続である(『毎日新聞』二〇〇九年一月三日)。

 民間からの資本調達が難しい地方銀行の苦境が深刻なものになった。政府は総額一二兆円の公的資金の注入枠を用意しているが、この実施が早晩焦点になる。

 大手生命保険の株式含み益も急減し、含み損に転落した生保も出た。九月末には、大手生保九社で計五兆七〇〇〇億円の含み益があったが、一二月末のは三分の一以下になった。

 生保各社は、株式含み益がゼロになる日経平均株価の水準を開示している。朝日生命保険の基準は一万三〇〇〇円である。同社の九月末の含み損は三〇〇億円であった。〇八年一二月三〇日の終値が八八五九円だったのだから、同社の含み損はさらに大きく拡大したことになる。

 住友生命は一万〇七〇〇円が損益の分岐点であった。同社は九月末には一七〇〇億円の含み益があったが、年末には含み損に転落した。三井生命の基準は一万〇五〇〇円である。したがって、五〇〇億円の含み益から二〇〇億円の含み損になった。

 基準が九三〇〇円の富国生命、九一〇〇円の第一生命、八九〇〇円の太陽生命の含み益もほぼなくなったと見なせる。七六〇〇円の日本生命、七五〇〇円の明治安田生命、七三〇〇円の大同生命はまだ含み益を確保できていた。大手損害保険も全社が含み益を確保したが、その額は大幅に減った(『日本経済新聞』二〇〇八年十二月三一日付)。

 〇八年十二月三〇日の大納会で日経平均株価は〇七年末比六四四八円(四二%)も安い八八五九円で引けたが、時価総額の減少が大きかったのは、自動車や電機などの輸出企業であった。

 首位のトヨタ自動車の時価総額は一〇兆〇一〇〇億円と首位を維持したものの、五四%も低下した。ソニーは、一兆九三〇〇億円で六九%も下げた。順位も前年の一〇位から二四位に下げた。前年一四位の日産自動車は七四%減で三五位に下がった。

 トヨタ、ソニー、以外で五〇%以上減少した企業を時価総額順に列挙すると次のようになる。

 一〇位、三井住友FG(二兆九七〇〇億円、五四%減)、一一位、JT(二兆九五〇〇億円)、一二位、みずほFG(二兆八八〇〇億円、五三%減)、一六位、パナソニック(二兆七三〇〇億円、五二%減)、二〇位、三菱商事(二兆七三〇〇億円、五九%減)、二三位、新日鐵(一兆九七〇〇億円、五八%減)、三〇位、三井物産(一兆六四〇〇億円、六二%減)(『日本経済新聞』二〇〇八年十二月三一日付)。

 輸出企業の時価総額の減少額が大きかったのは、外需低迷、円高、外国人の換金売りという要素が大きく響いたからである。

 世界の自動車メーカーが空前の減産に入ったのが〇九年初であった。世界の主要メーカーは一二社あるが、三月末までの世界生産は〇八年四月初の年初計画からすれば、二五〇万台減であった。これは、スズキ一社の年間販売台数に匹敵する。

 輸出も急減している。日本の輸出は、貿易統計から見れば、〇八年一一月は、前年同月比でマイナス二六・七%。一二月は同三五%のマイナス、以後、三〇%台の減少が続いた。

 輸出減の直撃を受けて、製造業は一斉に減産に踏み切った。〇八年一一月の鉱工業生産指数は前月比マイナス八・五%で、過去最大の下げ幅になった。〇九年一月は〇八年ピークに比べて二四%のマイナスであった。

 もっとも裾野の広い自動車の影響を産業連関表で分析すると、国内で一兆円の減産があると、関連産業で二・一兆円の生産減を引き起こしてしまう。日本の自動車会社合計では、〇九年一~三月期に前年比三~四割の減産を計画しており、これだけでGDPの年率勘算で一〇兆円で前年比マイナス二・一%になり、企業全体の営業利益は同マイナス一九%となる。六つの民間調査機関の予測を平均すると、〇八年度の実質経済成長率はマイナス二・一%、〇九年度は同マイナス二・四%になる。この通りになれば、二年間で約二五兆円のGDPが失われる。これは、〇九年度の日本の社会保障予算に匹敵する額である(「経済収縮、迫られる構造調整1」『日本経済新聞』二〇〇九年一月二五日付)。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。