1990年代後半から現在まで、保険業界で世界的なM&Aブームが続いている。保険を商品として売るだけでは保険会社が生き残られなくなったからである。競争の条件が劇的に変化したからである。
規制緩和という名の下に、医療機関がコスト競争をするようになったし、医療保険会社が、世界の医療機関と医師を自己の傘下に収めるべく、組織化するようになった。単一の制度に医療が従うのではなく、医療保険会社のそれぞれ異なるシステム内に医療機関が統合され、システム同士が覇を競い合っている。動員できる医療機関が多いほど、保険会社の競争力が強くなる。医療機関の取込み合戦が展開している。つまり、保険分野では規模の利益が露骨に現れるようになった。とにかく大きくならなければならない。
大きくなって、できるかぎり医療機関と医師を傘下に擁しなければならない。そうした事情から、世界的なM&Aが横行するようになったのである。
1997年1月、 フランスの2大保険グループ、 「アクサ」と 「UAP」 が合併し、 資産規模で世界最大の民間保険グループが誕生した。アクサがフランス最大の保険会社UAPを買収した。つまり、小が大を飲み込んだのである。
UAPは、それまで、国有会社であったが、民営化された瞬間に、内外で買収を繰り返してきたアクサに買収されてしまった。
次いで、1997年10月から98年初にかけて、 フランス第2位の 「AGF」を買収しようと、イタリア最大の「ジェネラリ」とドイツ最大の「アリアンツ」が争った。その結果、 AGFの本体はアリアンツに、 AGFのドイツ子会社等がジェネラリに買収されることとなった。
こうした買収劇の背景には EUの統合と統一通貨ユーロの誕生がある。 統合市場では、加盟国のどの保険会社も、域内全域で保険を販売することができるようになり、保険会社はとにかく大きくなることを選択したのである。
この年、米国でも保険関連のM&Aが、 過去最高水準に達した。
米国は、生命保険料で世界の22%、損害保険料で世界の40%を占める保険大国である (日本は生保 42%、損保 15%)。 生保会社の数も多く、1988年には2300強、1996年時点でも1700社弱あった (日本は44 社)。
その保険市場で上位グループへの市場集中が強まった。 生保上位100グループの総資産が、業界全体に占める割合をみても、 92年末の86%から、 96年末の93%へと急上昇した。
生保では、成長性の高い個人年金分野が買収の一番人気である。 生保にやや遅れてM&Aの動きが強まった損保では、 事業の地理的な拡大を目的とする案件が多かった。
「マネージド・ケア」のシステムの勢力が強まったことも、M&A横行の大きな理由の1つである。マネージド・ケアの日本語訳は、「管理型医療」である。
米国の公的な医療保険制度は、65歳以上の高齢者を対象とした「メディ・ケア」と低所得者向けの「メディ・ケイド」の2種類しかない。前者は、2005年時点で、3800万人、後者は、3300人弱が受給者である。つまり、人口の 26%だけが公的保険でカバーされているのにすぎない。
したがって、65歳未満で、低所得でない74%の人々は、民間の医療保険制度に加入しなければならない。 マネージド・ケアが出現する前の米国の民間医療保険制度は、保険の加入者およびその家族は、全米のどこの病院・医者でも診療を受けられ入院できるものであった。この面だけについてみれば、日本の公的医療保険制度と同じであった。加入者にとっては、有り難いものであった。しかし、実際の医療費の支出面では患者にも保険会社にも問題の多いシステムであった。まず、加入者は、治療を受けると、全額の実費を個人で支払い、その費用を保険会社に請求するという、やっかいな手続きを踏まねばならなかった。保険会社は、患者に請求された医療費が妥当なものか否かの判断を事後的におこなわなければならなかった。そうしたシステムでは、医療機関側に、出来高を大きくするために、過剰な診療、投薬、検査の誘惑にかられ、事実、医療費の高騰に保険会社は苦しめられていた。
米国の経済にとって医療費の増加は深刻な問題である。 米国の国民医療費のGDPに対する割合は、2000 年には 18%に、 2030 年には 32%に達し、先進国のなかで断トツに高い。
医療費が高騰すれば、医療保険料も同じく高騰する。その結果、 中小企業の雇用主は従業員のために保険料を支払うことができなくなり、 無保険者の割合がますます増加する。 無保険者は、医療費の全額が自己負担になるわけだから、 気軽に開業医を訪れにくい。 疾病の初期に医療を受けない人は重症化する確率が高く、重症化して初めて救急治療室に運び込まれる場合には、 結局高額の医療を受けざるを得ない。 その高額の医療費を払えないために自己破産する人が激増している。
「議会予算局 」(CBO) は、 1%の保険料の引き上げが約20万人の無保険者を生じさせると見積もっている。 米国の医療には効率化、 すなわち医療の質を落とさずに医療費を削減することが求められている。 どうすれば医療は効率化できるか。 その1つの答えがマネージド・ケアという仕組みである。 マネージド・ケアには、次の3種類がある。
その1つは、「HMO」と呼ばれる「会員制健康維持組織」である。
保険会社は病院・医者のネットワークを作る。ネットワーク内の医療機関が保険加入者に対しておこなった医療にのみ保険会社は費用を負担する。 また会員ごとに「ゲート・キーパー」と呼ばれる町の担当医が決められ、 専門的な治療が必要な場合には担当医の紹介を通じて総合病院で治療が受けられる。 救急の場合にはどの病院で治療を受けても保険金は支払われるが、 救急の定義自体がHMOによって異なるため、 まず電話でHMOの指示に従わねばならない。
保険会社は患者1人当たりに想定される医療費を、 実際にかかった費用とは関係なく、 前払いで病院に対して支払う場合が多い。 その場合病院は毎月保険会社からほぼ一定の額を受け取り、 治療にかかる費用は保険額内で賄うことになる。無駄な医療をなくし、 保険料を安くしようというのもこの制度の狙いの1つである。
場合によっては、1つの病気で2人の医者に診てもらわなければならないこともある。全米で650強HMOがあり、加入者数は7500万人である。
「POS」というHMOを改良したタイプの保険もある。 HMOに比べて会員による病院・医者の選択の幅が広い。HMOと同じく、保険加入者には担当医が設定される。 ネットワーク内の医療については、HMOと変わりはない。ネットワーク外の医療も受けることができるが、 その場合は一定程度会員が自己負担しなければならない。 「PPO」というのもある。 病院・医者のネットワークはあるが、担当医は設定されない。 保険会社は病院に対して一定数の患者を保証する。その見返りに、病院は保険会社の協定料金を受け入れ、 医療費の削減を約束する。このディスカウントによって保険料を安くできるという趣旨である。PPOは、2005年時点で1000弱あり、加入者は1億人強である。
ちなみに、従来の「出来高払い診療報酬支払方式」は、FFSと呼ばれ、保険会社は病院・医者に対して、 実際にかかったすべての費用を支払う制度である。FFSがもっとも割高の保険料である。 1997年頃までは、FFSが大半であったが、 その後、HMO、 POS、 PPOの割合が急増しており、 97 年ではFFSの割合は 20%を下回った。 HMO、 POS、 PPOを合わせてマネージド・ケアという。 マネージド・ケア とは医療サービスの利便性、 医療費、 医療の質を総合的に管理する組織や制度のことである。 マネージド・ケアは、 消費者と病院の間を仲介する点に特徴がある。保険会社は自社の保険商品をより魅力的なものにするために、 効率的な医療を提供できる病院と提携し、 提携している病院に対してコスト削減と質の向上を促す。 このことによって病院の間に競争原理が働く。 マネージド・ケアは競争原理を通じた医療サービスの効率化に不可欠なものであると考えられている。 ただし、米国の保険制度の柱になったマネージド・ケアであるが、低額の保険料を維持するために、医療コストを極力削減されなければならず、そのことが、医療の質の低下を招いた。医者と患者の双方に、治療が十分なものでなくなったという不満が昂じている。
1998年7月の『ニューヨーク・タイムズ』の世論調査によれば、回答者の85%が医療保険制度については抜本的な改革が必要であると答えており、HMOについては、回答者の58%が医者の診療の妨害をしていると答えている。1980年代に保険医療費抑制のために普及したマネージド・ケアは、コスト削減への過剰な努力のために医療の質の低下と医者、患者の反感を買うことになったといえる。
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