消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.181 サブプライム・ローン危機対策の不思議 

2007-10-12 23:47:04 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年八月に火がついたサブプライム・ローン危機には、これまでと違った二つの特徴があると、讀賣新聞本社主幹、岡部直明氏が指摘された(「通貨の守護神が震えた夏―ブラックマンデー二〇年(核心)」『『讀賣新聞』二〇〇七年八月二七日付)。

 一つは、サブプライム・ローンはそもそも米国の問題なのに、その問題で火がついたのは、震源地の米国ではなく、欧州であったことである。

 二つは、危機回避に真っ先に立ち上がったのが、米国のFRBではなくECBであったということである。これまで、世界の金融危機が発生すれば、米国がイニシアティブを取って国際協調を実現させてきた。二〇〇七年八月では米国ではなく欧州が最初の手を打ったのである。

 一つ目の特徴はきわめて重要である。米国の金融機関は、リスクを世界中に分散させてしまっている。米国内で生じた危機のすべてを米国に本拠を置く金融機関が処理するのではなく、危機発生に備えて、リスクを国際的に分散させているのである。

 金融業者にとって都合のいいことに、アジア通貨危機後の世界は、ドル神話に取り憑かれていた。自国の金融商品ではなく、米国の金融機関が顧客ごとに仕組んだ金融商品に群がったのである。アジア危機の後遺症の余波ではあろうが、米国の金融革新技術なるものへの神話的あこがれがあったとしか思われない。そうした諸外国の神話を利用して、意図していたか否かは不明であるが、結果的には危機発生時の負担を国際的に分散させてしまった。欧州がババをもっとも多く押し付けられたのである。米国発の危機が、今後も世界各地で発火することになり、米国金融当局のだらしない金融政策の尻ぬぐいを世界が実施しなければならないという事態が今後頻繁に生じるであろう。

 こうして、ドルへの信頼感は、今後、確実に失われていくであろう。
 二つ目の特徴は、ドルに並ぶユーロの強力な地位の国際的な認知を狙った欧州金融当局の決断であろう。この面で、フランス大蔵省国庫局長とフランス中央銀行総裁を歴任したトリシェECB総裁の決断を、フランスのサルコジ大統領が米国の格付け会社批判を展開することによって支持したのも、ユーロの地位上昇を狙った政治的なパーフォーマンスであったと見なせる。

 一九八七年一〇月一九日に有名なブラック・マンデーという世界的な株価の大暴落が起こった。米国の財務相とドイツ連銀との意見対立が表面化したことによって、不安に駆られた市場の動揺から発生したと言われている。このときは、就任したばかりのグリーンスパンによる即座の短期資金供与を国際協調で行うという積極果敢な行動によって、動揺を鎮めた。

 一九九八年にもロシア危機を契機としてLTCMが破綻した。この破綻によって、世界的な信用危機が発生するのではないかと懸念されたが、このときも、ニューヨーク連銀のマクドナー総裁が連銀内の一室に金融界の代表者たちを集めて、阿吽の呼吸で、民間銀行から破綻処理の費用を出させたという経緯があった。つまり、FRBが主導的役割をはたしたのである。

 ところが、二〇〇七年夏、最初の主導権はECBのトリシェ総裁であり、FRBのバーナンキ議長ではなかった。

 先の岡部直明氏は、バーナンキFRB議長の指導力に疑念を出されている。同議長は、独自の判断で機敏に危機に対応したのではなく、グリーンスパン前議長の腹心であったコーンFRB福議長や財務次官を務めたことのあるガイトナー・ニューヨーク連銀総裁などの「市場派人脈」につき動かされたと、岡部氏は観測されている。確かに、彼らの進言に従って、バーナンキ議長は、金融界と電話会議を開催したのかも知れない。

 リスクの国際的配当という面と並んで、サブプライム・ローン問題のもう一つの特徴を指摘しておきたい。レバリッジというプロが常用する危険な手段を素人までもが採用するようになったことである。

 サブプライム・ローンは、住宅ローンだけが証券化されているのではない、通貨に関するあらゆるデリバティブが顧客ごとに仕組まれている。

 二〇〇七年八月二八日、東京証券取引所の斉藤惇社長が、記者会見で、サブプライム・ローン問題へのECBの敏速な対応を高く評価した。資金供給が一日でも遅れてしまったら、問題が大きくなったと発言された。その上で、日銀の低金利政策のマイナス面を指摘した。

 「低金利政策はやむを得なかったが、世界に異常な(資金)の流動性をもたらし、サブプライム問題に影響した可能性は否定できない」(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二九日付)。

 事実、円キャリー取引によって、円からドルへの膨大な転換が行われて、サブプラウム・ローンなどの資金源になったのである。そして、サブプライム・ローン問題が深刻化することによって、円キャリー取引の逆流、つまり、ドル売り・円買いが生じた。借り入れていた円の返済が始まったのである。

 そして、円キャリー取引の逆流によって、急激な円高が進行し、外国為替証拠金取引(FX取引)をしていた個人投資家に大きな損失が出たのである。

 FX取引は、少ない元手で手軽に多額の外貨を売買できるという点で個人投資家に人気のある取引であった。この取引で何億円もの稼ぎをした主婦がマスコミにもて囃されていた。

 FX取引は、投資家が一定額の現金を証拠金として差し入れ、それを担保として証拠金の何倍もの外貨取引ができることが特徴で、四〇〇倍もの契約を結んでいる投資家もいる。

 例えば一ドルを一一〇円で買い、円安が進んで一二〇円で一ドルを売れば、手数料を無視して一〇円儲かる。わずか一〇円の儲けではあるが、証拠金の二〇倍の取引を行えば、儲けは二〇〇円になる。証拠金を一一〇万円、二〇倍契約の二二〇〇万円取引を行えば、二〇〇万円の儲けとなる。二二〇〇万円でドルを買えば、一ドル=一一〇円で、二万ドルを入手できる。一ドルが一二〇円のときにドルを円に換えると二四〇〇万円の円を調達できる。ここから借入金の二〇九〇万円を返済しても、証拠金一一〇万円を回収した上に二〇〇万円の儲けを手に入れることができるのである。逆に円高に振れて一〇〇円になってしまえば、二〇〇万円の損失になる。つまり、円安局面で利益が上がるというのが、主婦層の心を捕らえたワン・パターンの投機環境であった。

 円キャリー取引は、ゼロ金利の長期化によって、恒常的な現象になっていた。
 金融機関がこのFX取引を個人層に対して宣伝した。その結果、二〇〇七年三月期時点で証拠金が六一三三億円になった。これは二〇〇六年から六二%も増えた。契約口座数も九五%も増えて六四万件となった。円高に局面が変わるや否や、鳴り物入りで囃されたFX取引は際限なき奈良に落ち込んだ。

 二〇〇七年八月一七日、円キャリー取引の逆転が猛烈な勢いで生じた。同日、一ドルが一一一円にまで下がり、円高になった。これは一年二か月ぶりの水準であった。

 JPモルガン・チェース銀行の推定によれば、二〇〇七年八月一四~一七日にかけて、FX取引の損失額は二〇〇〇億~三〇〇〇億円にもなった。

 東京金融先物取引所も推定値を発表した。個人投資家によるドル購入額は、二〇〇七年七月二四日に約一五億六〇〇〇万ドルもあった。サブプライム・ローン問題が顕在化した八月二三日には、約八億七〇〇〇万ドルに減少した。四四%も減少したのである(『讀賣新聞』二〇〇七年八月二九日付)。

 個人投資家が損失を出し続ければ、FX取引は追加的な証拠金が差し出されないかぎり継続できない。かくして、サブプライム・ローン問題の深刻化は、一般の投資家の破産を促したのである。レバリッジという誘惑が破綻したのである。

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