消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

福井日記 No.176 金融商品取引法

2007-10-07 01:46:29 | 金融の倫理(福井日記)

 二〇〇七年九月三〇日から金融商品取引法(金商法)が施行された。

  これまでは、株式や投資信託、金融先物など、各種金融商品は別々の法律で規制されてきた。そうした法律をまとめて一本化したのが、金融商品取引法である。そして、従来は規制の対象にならなかった投資ファンドにも法の網が被せられた。

 これまでの主要な関連法は、株式・投資信託・社債・国債・地方債を対象とする証券取引法、商品ファンドを対象とする商品ファンド法、抵当証券を対象とする抵当証券法、信託受益権を対象とする信託法、金融先物・外国為替証拠金取引・有価証券関連先物・オプションを対象とした金融先物取引法などであった。これらが、金融商品取引法に一本化されたのである。

 この法律は、儲けだけでなく損をすることもあるという説明責任を「金融取引業者」に課すことになったが、それよりも重要なことは、投資リスクのある金融商品を販売する業者は、「金融取引業者」としてすべて金融庁に登録か届け出の義務を負うという点にある。

 これまで、登録か届け出の義務がなかった投資ファンドも登録か届け出の義務を課せられる。これは重要である。

 
これまで、投資ファンドが登録や届け出の義務がなかったのは、これらファンドが民法上の組合や商法上の匿名組合なのの仕組みを使って組織されていたからである。つまり、暴れ回る投資ファンドを金融庁が監視しようとするものとしてこの新法を受け取ることが可能である。

 登録と届け出の差は、監視のきつさの差を意味する。二〇〇七年六月二五日のロイター電が、証券取引等監視委員会の説明を紹介している。それによれば、登録によって、内部管理体制や勧誘の適合性など幅広く規制すが、届け出では、虚偽表示や損失補填など最低限の規制に限定する。しかし、具体的な運用において、届け出ですむファンドには、法令違反の検査よりも「実態把握を重視する」(証券監視委証券検査課)という方針であるという。

 ただし、登録も届け出のいずれにも、年に一度の運用残高の報告を金融庁は求めるている。

  
金融庁によると、登録と届け出については、金商法の施行から六か月程度の猶予期間を設ける。さらに運用残高の報告は、早くても二〇〇八年三月末から始められる予定である。ただ、証券監視委も金融庁も、厳しすぎる検査・監督によって、外資系ファンドが国外に退出してしまうのは避けたい考えをもっている。そのためもあって、具体的な検査と監督の手法はまだ確定されていない。新法施行以降に登録・届け出の対象になるファンドの数は「いまの段階で想像もできない」(監督局)とするなど、当面は手探りの運用が続く見通しである(http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-26583220070625)。

 しかし、金商法の中身を見ると、ファンド監視としての力をこの法律がもっていないことに気付く。

 まず、取引業者が扱う顧客をプロとアマに分けられている。プロ向けのファンドは
規制を緩く、アマ向けは厳しくするという差異を設けてしまったのである。

 アマとは「一般投資家」のことであり、個人投資家とか中小企業を指す。そして、プロとは「特定投資家」のことを意味し、日常的に大量の取引をしている機関投資家や上場企業を指している。

 アマを対象とした取引には、アマの保護を手厚くするために、取引方法に徹底的な規制が加えられる。

  
たとえば、「三〇分程度の説明で契約した商品が、後でトラブルになったら行政処分の対象になる」という(『讀賣新聞』二〇〇七年九月二九日付)。リスクのある商品を販売するとき、値上がりしそうだとの勧誘をしただけで法律違反になる。説明時間もこれまでの二~三倍も取ることになるだろうと同紙は報じている。

 元本割れのリスクがあることも、金利などのプラス面と同じ大きさの文字を使わなければならない。金融機関が無料で配るボールペンなどの金融商品名が描かれておれば上記の規制が課せられる。

 そして、五〇人以上のアマが出資するファンドは、代表者名や連絡先を金融庁に届けなければならない。さらに、出資者が五〇〇〇人以上で、出資総額が一億円以上、そして出資額の半分以上を有価証券に投資しているファンドは、財務諸表や企業概要を盛り込んだ有価証券報告書を金融庁に毎年提出しなければならない。つまり、非常に厳しく監視されるのである。これは事実上の禁止措置である。つまり、雨後の筍のように輩出した弱小ファンドを整理淘汰する意味を、このことはもっている。

 これに対してプロが主として出資し、アマが五〇名未満であるファンド、つまりプロ向けファンドは、登録制よりも緩やかな届け出制だけですむ。しかも、プロ向けの金融商品の説明は大幅な簡略化を認める方針である。海外からの投資ファンドが逃げないようにする配慮から出された措置である。

 ただし、プロとアマの境界は非常に曖昧にされている。どうもこの当たりが新法の抜け穴になるようだ。プロなのに、希望すればアマになれるのである。

 
上場企業や地方公共団体はれっきとしたプロなのに、希望すればアマになれる。つまり、自分たちの投資物件の審査を厳しくしてリスクから逃れる手段として、このアマ化が利用される。

 逆に、純資産(総資産から総負債を差し引いた残り)が三億円を超えるアマは、取引年数が一年以上になればプロに移行できる。つまり、金持ちのアマ相手のファンドは、顧客をプロにすることも可能なのである。

 こうしたことから判断するかぎり、新法は、実質的には弱小ファンドの整理淘汰以外の効能をもちえないものであると言えるだろう。

 二〇〇四~二〇〇五年に貸出競争が演じられた米国のサイブプライム・ローンでは、支払い能力も確かめずに十分な説明のないまま融資が横行した。借り手には、リスクの説明などまったく行われず、ただ、不動産価格の上昇期待を吹き込まれただけであった。しかも、低所得者層が狙い打ちされた。ニューオーリンズに本拠を置いて、ローン地獄に喘ぐ人たちの支援活動を行っているACORNの調査によれば、住宅ローンのうちサブプライム・ローンの比率は、白人では二〇・四%であったのに、黒人では五五・三%、ヒスパニックは四六・六%である。

 おそらく、通常ローンが抑制され、サブプライム・ローンを奨励する勧誘が行われていたのであろう。米住宅都市開発省が、差別的融資の疑いをもって調査に入ったという(『日本経済新聞』二〇〇七年九月三〇日付)。

 こうした無謀な融資競争が行われたのは、ローン債権を証券化でき、ローン会社が返済停滞リスクをも投資ファンドに転売できたからに他ならない。その意味では、リスクの存在をこうした金融商品の購入者に詳しく説明することを義務付けた日本の新法は、時宜を得たものである。しかし、その真の意味は、過当競争の抑制にあると見なせるのである。

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