消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(150) 新しい金融秩序への期待(150) クレジット・デリバティブという怪物(7)

2009-05-08 07:04:38 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 六 シンセティックCDO

 〇八年一〇月二九日、〇八年第二・四半期の決算説明会で、ソフトバンクは、保有する、CDSを組み込んだCDO(Synthetic CDO=シンセティック(合成)CDO)の最大損失額が七五〇億円になりかねないことを報告した。

 ここで、CDOに組み込まれたCDSという表現には注意が必要である。ソフトバンクが保有するシンセティックCDOに組み込まれたCDSはプロテクションとは無関係のCDSである。

 CDSとは債券の価値保証にまつわる取引という行為の総称である。CDS取引には、価値保証をする取引がまずある。繰り返しになるが、重要なことなので、再解説しておきたい。価値保証をすることを「プロテクション」という。最初に保険会社などが、プロテクションを売る。たとえば、債券の価値一〇〇億円を保証するプロテクションを売る。買い手は、一〇〇億円を支払うわけではない。一〇〇億円のうちの数%のプレミアム(保証料)をプロテクションの売り手に支払う。また、実際に一〇〇億円が取引されるのではない。デフォルトがあれば、プロテクションの売り手が一〇〇億円を支払うことになるが、デフォルトがなければ一〇〇億円を支払わなくてもよい。

  それでも、プレミアムをプロテクションの買い手から得ることができる。この場合、一〇〇億円が想定元本といわれるものである。「プロテクションの売り」とは、プレミアムを得る権利を売ることである。そに代わりにデフォルトが発生した場合には想定元本を支払うという契約が交わされる。「プロテクションの買い」とは、プレミアムを支払うことである。いざデフォルトが発生、という場合には、買い手は、売り手から想定元本を支払ってもらえる。契約は通常、五年以内。プレミアムの支払いも四半期ごと。

 CDSという単一の用語を使用するさいに混乱が生じるのは、この取引が「CDSの売買」と表現されるからである。「プロテクションの売り」が「CDSの売り」と表現され、「プロテクションの買い」が「CDSの買い」と表現される。

 混乱が生じやすいというのは、ここで説明したCDSと、ソフトバンクが購入したシンセティックCDOに組み込まれたCDSと意味内容が異なるということである。

 シンセティックCDOに組み込まれたCDSは、上記のプロテクションとは無縁のものである。そもそも、ソフトバンクは、オフバランス(Off-Balance)(17)のために、シンセティックCDOをゴールドマンサックスから購入したと報じられている。ソフトバンクは、ボーダーフォンを買収した。そのさい、ソフトバンクは、ボーダーフォンが発行していた社債の利払い義務を引き受けた。発行した社債総額は七五〇億円である。その社債は、ソフトバンクが保有しているものではなく、すでに投資家たちに売られたものである。つまり、ソフトバンクは、七五〇億円の社債という現物を手元に持たず、七五〇億円の元利返済という負債を抱えている。したがって、バランスシート(貸借対照表)には、負債項目に社債七五〇億円を記載しなければならない。当然、これはバランスシートの内容を悪化させる項目である。これを消す(オフ)するために購入したのが、シンセティックCDOである。七五〇億ドルで買った。そして、シンセティックCDOは金利を受け取る権利を持つ。シンセティックCDOによって受け取る金利で、ボーダーフォンの社債の金利を支払える。七五〇億円の社債とシンセティックCDOの元本とは金額的に釣り合う。したがって、社債もシンセティックCDOもバランスシートから外すことは合法的である。

 しかし、ソフトバンクによるシンセティックCDOの購入は、オフバランス化のためであるという理屈が成り立つためには、シンセティックCDOにより金利収入が期待できるということにならなければならない。しかし、購入したシンセティックCDOには、一六〇種類ものCDSが組み込まれているが、これは、プロテクションを伴うCDSではない。これは、ゴールドマンサックスが、他で売った一六〇銘柄のプロテクションを資産の裏付けとしてCDOという金融商品に仕立て上げられたものである。ゴールドマンサックスは、他に売りつけたCDS(プロテクション)からプレミアムを得ている。このプレミアムからソフトバンクに売りつけた一六〇銘柄のCDS(CDSそのものをソフトバンクに渡しているわけではない、あくまでも、他人がもっているだけのものを担保にしているのにすぎない)を組み込んだ七五〇億円のシンセティックCDOに金利を支払うという仕組みである。しかも、ソフトバンクにとってきわめて厳しい条件であった。

 ソフトバンクは、組み込まれたCDS銘柄のうち、七銘柄がデフォルトすれば、四五〇億円の損失、八銘柄が倒産すれば、購入したシンセティックCDOのすべての価値がゼロになる。つまり、ソフトバンクは七五〇億円の損失となると報じられたことである。組み込まれているCDSの対象企業がデフォルトすれば、ゴールドマンサックスはプロテクションの買い手に対して契約金額を支払わなければならない。そのために、ソフトバンクに売ったシンセティックCDOの基礎になっている仮想のCDSは無価値になってしまう。八銘柄のデフォルトでソフトバンクのシンセティックCDO自体が無価値になってしまうという非情なものである。こういう非常に厳しい条件のシンセティックCDOを買ったのは、デフォルトの危険性の強いCDSを含むからこそ、高い金利を得ることができたからであろう。ここに、CDSが「金融の大量破壊兵器」であると恐れられている真の内容がある。

 ソフトバンクの事例には、CDSのもつ危険な側面がすべて凝縮されている。一つには、対象になる債券がないのに、CDSが売買されているということ。二つには、プロテクション以外にプレミアムを受け取る権利が売買されているということ。三つには、債券のデフォルトとは異なるCDS自体のデフォルトがあるということ。四つには、シンセティックCDOは、デフォルトの危険性を増幅するということ。八銘柄のデフォルトがプロテクションとは関係のないCDOのデフォルトを生み出してしまう。しかも、シンセティックCDOの条件は、売り手に対して極端に有利、買い手に対して極端に不利になっていること。五つには、不利な条件のシンセティックCDOを購入する企業もあるということ。以上の五点が解明されなければならない論点である。

 まず、第一の債券をもたずにCDSが購入されるという側面を検討する。支払い保証をしてもらう対象である債券がないのに、プロテクションを買うという行為は、完全に投機である。保有債券のデフォルト・リスクを軽減するためにCDSを買う(プレミアムを支払う)のではなく、対象債券がないのにCDSを買い、プレミアムをCDSの売り手に払い続けるということは、買ったCDSの実際の支払いを期待しているからである。CDSが対象とする債券が現実にデフォルトすれば、CDSの支払い約束が実行される。しかし、CDSの保有者は当該債券をもっていない。CDSの恐ろしさの一つがここにある。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。