消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

見えざる占領 07[教育篇] 売り渡される日本の教育(2)

2006-09-14 23:12:48 | 時事

 日米投資イニシアティブ」とは、日米双方の直接投資(単なる証券投資ではなく、相手国企業の支配を目的とした資金投与)を増やすことを目的として結成された会議体である。「イニシアティブ」というのは、ある目標を掲げ、その目標に向かって国と民間とを誘導する機構を意味する。日米双方の直接投資の増加という建前の下で発足させられたイニシアティブであったが、実際には、日本国内に入り込むことに困難を覚える米国企業の意向を忠実に代弁する米国政府による、日本政府への威嚇である。


 この会議体での約束を日本政府が履行しなければ、翌年の春、米国通商代表部(USTR)が議会向けに発行する『外国貿易障壁報告』にその事実が記載され、その記載に基づいて議会が日本への報復措置を講じる。たとえば、郵政の民営化を日本政府が約束し、その期限まで明示したのに、2005年には郵政民営化法案は、衆議院で否決された。当時、米国の自動車業界の危機と日本のトヨタホンダ勢の米国での好調さが、再度、10年前の日米自動車摩擦の再燃させるのではないかと、日本の自動車メーカーは危惧していた。こうした状況下で、USTRが、日本批判をその報告に記載してしまえば、米国議会は、「スーパー301条」という貿易制限を科す強烈な報復的国内法を発動することは必定と見られていた。


 日本が郵政民営化の約束を破り、米国の投資家の利益を著しく傷つけたのだから、日本のもっとも強い業界を差別して、日本政府に制裁を加える権利が米国にはあるとして、トヨタやホンダ車の輸入を制限するというタスキがけ報復措置を採ることができるのが、「スーパー301条」である。


 小泉首相が、強引に衆院を解散し、「小泉チルドレン」を大量に作り上げて選挙に圧勝したことによって、郵政民営化法案は国会を通過し、日本の財界の危惧は現実のものにはならなかったが、当時の情勢が非常に緊迫した局面であったことは確かである。


 「日米投資イニシアティブ」という会議体は、小泉政権が成立すると同時に設立された。2001(平成13)年6月、小泉首相と子ブッシュ大統領の日米両首脳の合意によって、「成長のための日米経済パートナーシップ」というシステムの下に置かれたものである。この審議内容は、毎年6月頃に発行される『日米投資イニシアティブ報告書』にまとめられている。


 2006年の報告書では、米国側の対日要求として、以下のように書かれている。

「①国境を越えたM&Aの円滑化、②教育分野及び医療サービス分野における投資家にとってビジネスの機会を創出するような規制緩和、③労働法制の見直し、④日本法令の外国語訳が挙げられる」。


 国境を越えたM&Aとは、米国の法律によって米国内で設立された企業が、日本の法律によって日本国内で設立された日本の企業を買収してもよいようにすることである。これが、米国側の最大の関心事項であり、総論であることは確かである。  そして、教育分野が投資家にとってのビジネスになるように、日本の規制を緩和しろとの文脈で明確に主張されている。教育と医療は、これまで、「公」の分野に属し、ビジネスとしては拒絶されていた分野であったのに、これを「私」の世界に開放し、ビジネスの対象にしろと言うのである。


 労働法制の見直しとは、労働者の首を企業経営者が自由に切ることができるようにしろということである。


 日本の法令の外国語訳というのも、分かったようで分からないことである。もし、日本側が、米国側に米国の法令の日本語訳を作成しろと言えば、どのような反応が返ってくるのであろうか。そんなことは自分たちでやれという返事がくるのがおちである。 通常の感覚からすれば、こうした米国側の対日要求は無礼である。


 こうした無礼きわまりない米国の要求に対して、わが日本政府側はどのような対米要求をしてくれたのであろうか。報告書では次のように書かれている。


 「日本により問題提起され、両政府によって投資環境改善に関する意見の交換が行われた米国側の措置には、①査証その他の領事事項、②貨物セキュリティ、③エクソン・フロリオ条項が挙げられる」。


 もはや、お分かりであろう。米国の対日要求は、教育と医療という日本人の背骨を叩き折るほどの強力なものである。それに対して、わが政府は、なにを言っているのか。ビザの発行をもっとスムーズにして欲しい。国境を越えた、つまり、どこの国の法律によって設立されたものかには関わらず、認可されるべきM&Aとか、教育とか国民国家の根幹を脅かす米国の強烈な対日要求に対して、ビザ発行の問題とは、あまりのも重要性に格差がありすぎる。貨物のセキュリティとはなにか。米国の内航海運は、米国資本によって独占されている。これはこれで、大きな問題である。しかし、この問題が「貨物のセキュリティ」として矮小化されて報告には表記されている。


 それよりも大きな「エクソン・フロリオ条項」にいたっては、項目が挙げられているだけである。

 エクソン・フロリオ条項は、1950 年国防生産法第721条を継承し、それを強化してできた法律である。1988年に新たに制定された。これは、富士通が米半導体メーカーのフェアチャイルド社を買収する案件が浮上したさい、その買収が国防上の懸念があるとして、あわてて1988年に議会が制定したものである。そして、米国議会の逆鱗に触れることを恐れた日本は米国と戦うのではなく、すごすごと引き下がってしまったという経緯がある。


 にもかかわらず、たとえば、日本のJETROは、次のような屈辱的な解説をしている。
「1. エクソン・フロリオ条項。米国は外国からの米国内直接投資(FDI)を歓迎するとともに、外国投資家を公正かつ同等に扱う。ただ、国家安全保障を保護するための例外はある。エクソン・フロリオ条項の目的は、FDIを規制するのではなく、外国からの投資内容を精査し、米市場をできる限り公開するというもの」。



 この文章には、米国に対してきっぱりとした姿勢を見せることに躊躇している日本政府の萎縮が、遺憾なく発揮されている。


 米国の国防上の観点からくる連邦(中央政府)規制も数多くある。外国からの対米投資に関する連邦規制は、航空、通信、海運、発電、銀行、保険、不動産、地下資源、国防である。


 なんたることか。この9つの分野のすべてを米国政府は日本政府に対して規制緩和を強く要求しているものなのである。米国はこうした分野において、日本の市場をこじ開けようとしつつ、そのくせ、日本勢の対米進出は、国防上の観点から陰に陽に進出反対の圧力をかけ続けている。


 そうしたことへの激しい応酬が交わされるのではなく、日本政府は、エクソン・フロリオ条項への米国政府の配慮をお願いし続けてきただけのことである。


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。