消された伝統の復権

京都大学 名誉教授 本山美彦のブログ

野崎日記(20) 新しい金融秩序への期待(20) 国民負担率というまやかし

2008-12-02 01:20:30 | 野崎日記(新しい金融秩序への期待)


 はじめに

  2年前に書いた姿なき占領という本で、「75歳以上の高齢者向けの医療保険制度が、他の世代から独立して2008年に新設されることになった。この新制度に関して、保険料の徴収義務だけが市町村に委ねられるが、運営は都道府県単位で全市町村が加盟する広域連合が担うことになった。」と警告したのに、世間が騒ぎ出したのはつい最近のことで残念だ。

 
すべての保険体系から75歳以上を独立させることは大変なことで、ずばりこれで日本社会は崩壊すると言える。以前から医療問題に真剣に取り組んできたが、今日は、経済学ではこんな事を考えているのかと是非分かってもらいたいと思う。


  米国の経済学者は政府に“よいしょ”する者が多いが、米国にポール・クルーグマンという学者がいて、彼は非常に数少ない政府批判をする学者だ。「我々はもう一度革命を起こさなければいけない」と最近の論文で述べている。反・反革命である。

  クルーグマンは、米国が最下位から2番目の貧困国になった現在の状態を、全てフリードマン的な自由主義の経済が原因だと訴えた。つまり、アダムスミス的自由主義がケインズ的管理通貨体制になり、それをひっくり返してお金は自由にしろというのがフリードマンだから、今世界が救われる為にはフリードマン的なお金の自由な動きを止めなければいけない。これが反・反革命をやるとういう事なのである。今やらなければならない事は、そのお金の自由奔放な動きに歯止めをかける事である。ところが一層そのお金を自由にさせる方向になってきているのだ。

  日本は物凄く赤字だと言われているがこれは嘘で、一生懸命米国を支え、米国の国債を世界一買っている。しかも、買った米国の国債は日銀にあるのではなく、米国の連邦銀行の一つにあるのだ。こんな屈辱的なことはない。日本は、ドルで米国に援助をしており、そのドルを民間から調達することが出来ないから政府が円の国債を発行する。円の国債を発行してその円を調達してきて、その円でドルを買う。買ったドルで米国の国債を買う。その結果、日本の国債が発行されているから日本は借金。一方その借金の反対側には資産(債権)がある。それがドルだ。ところが政府の行う統計は、日本の資産のドルの方は外し、円ばかり出す。だから借金が多くて大変なのだという。例えば日本にしかない概念である国民負担率。

 「これ以上社会保障の国民負担率が上がっていくと日本は大変な事になります。だから皆さん国民負担率を下げましょう」と言う。その結果どうなったかというと、国民負担率の定義を意図的にごまかしているのである。皆さんに払わなければならない医療費というのは、国、企業、個人の三者が負担していて、この時政府の言う国民負担率というのは、公的な物の負担だけを見る。これを下げた分だけ個人と企業の負担が増えるのだ。小泉内閣になってから企業側の負担がどんと減り、国の負担率を下げた。そうすると皆様が個人で支払う負担率が上がるのは当たり前なのである。国民負担率を下げなければ大変な事になると言いながら、その個人の負担率を大幅に上げていくという詐欺を平気で国がやっているのである。


  「1、老人医療制度改悪の真の狙い」

  2006年の問題の小泉政権下医療制度改革法、08年4月から老人保健制度に変わる75歳以上を対象にした新制度が始まった。そこにタイミング良く外資系の保険金融資本が日本の医療分野に進出し、特にがん保険という特定分野に参入しそのシェアを拡大。圧倒的な宣伝攻勢(入れます宣伝)で医療保険に高齢者を取り込んでいるのは明らかである。

 今、公的医療保険が民間の医療保険に姿を変えつつある。公的医療保険では集めたお金の98%近くが支払いに当てられ、我々のお金はそのまま医療費に回されていくが、民間の医療保険では利益が優先されてしまう。医療保険の支払いは費用であり、医療の民営化の怖い所はここにある。日本の医療制度は非営利原則・公的医療保険を軸に社会保障制度として運営されてきたが、資本の営利の対象になった。米国という国は儲けるだけ儲けたら即去っていく。米国の保険会社は、医療問題で米国で叩き出されて日本に進出し、日本で大きく宣伝している保険会社は、日本一国で全世界の7割を売上げているのである。

 
  「2、格差による病気」

  WHOが「格差症候群」という言葉を使っている。2006年に「健康の社会的決定要因に関する委員会」をマイケル・マーモット(英)を長として組織した。これは、健康は収入格差、地位格差によって違ってくる。つまり死亡率は収入の低い人が高く、金持ちは長生きをする。しかし許し難いのは、階層的差別、つまり会社にとって地位の低い階層の死亡率が高いという結果が出ていることだ。マーモットはこれまでの知見を総括して、「格差症候群の最大の原因は不平等に起因する慢性的ストレスにある」と結論づけた。特に、「自分の人生・暮らしを自分でコントロールすることができるかどうか」は重要で、人種差別や地位的格差を始めとする「慢性的ストレス」が健康被害の原因になっていると述べている。

 
  「3、医療費」

  国民一人あたりの医療費は、日本は世界でも低い国であり、米国は最も高い国である。ところが、日本の平均余命は世界1位なのに米国は26位。しかも乳幼児死亡率は日本が出生者1000人あたり2.8人世界3位に対し、米国は6.8人世界29位。米国の医療ほど効率の悪い国はない。理由の第一は「民」を主体とした医療保険制度。第二の理由は、格差社会に暮らす事がもたらす健康被害にある。この10年間で日本は、経済成長率はOECD加盟国中最低になり、私達の企業利益に占める人件費率は70%から50%にまで下がり、それに対しGDPに占める企業の利益率は大きく上がる一方で人件費は非常に下がってきているということである。

  問題は医療費の負担率。日本の企業の負担は世界でも最低ランクで、貧困層における共働き(出稼ぎ)世帯の割合が日本は突出して高い。女性も自立する為に仕事を持つのではなく、食べていけないから仕事を持つという状況が本当に増えている。貧困が日本に累積しているのである。

 
  「4、減り続けてきた事業主負担」

  国民負担率が大きい国ほど事業主負担率も大きく、フランスは日本の2倍ある。事業主負担が大きくなると国際競争力が低下すると言うが、ヨーロッパではそういう議論はしない。社会保障費用が高いから国際競争力が低下したなど、口が裂けても言うことはない。

  自営業者の日米比較では、700万円の課税収入がある50歳4人家族で、所得税は日米同じぐらいで住民税が米国の方が安い(日本70万円、米国37万円)。日本の国民年金保険料は17万円、米国115万円。日本では国民年金保険料は義務ではなく払わなくても犯罪ではない。しかし米国では税金であり、払わなければ脱税となる。医療保険を見ていくと、上限額が日本は現在62万円、米国は242万円で日本の4倍近い。つまり、租税および年金・医療保険料負担の総計は日本が246万円、米国は493万円で、政府の言う国民負担率は米国の方が小さく米国並みにしろと日本政府は言うが、本当に個々の国民が払わなければならないお金は米国の方が2倍以上ある。この点を踏まえて、医療費の損失額を考えて欲しい。

 つまり私達は公的保険という時に、我々が賭けたお金が我々の医療費に回ってくるのだと当たり前のように思っていている。公的だから儲けてはいけない。それに対して「民間」は儲けなければいけない。ということは民間保険は、我々に支払う医療費を少なくする。そして儲けた企業ほど良い企業だとなり株が上がり、株の上がらない会社をのっとり、あっという間に保険会社による病院の独占的経営が成り立っていくのである。医療と教育は絶対に儲けてはいけない分野である。


  「5、姿なき占領」

  日本市場をこじ開けようとするUSTR(米国通称代表部)の日本担当者がチャールズ・レイクであった。USTRは「年次改革要望書」、「日米投資イニシアティブ報告書」を始め、日本政府に次々と構造改革を迫る文書を作成し、そうした文書に沿って日本政府を動かしてきた組織である。2003年にレイクがアフラック・ジャパンの社長に就任した。USTRの日本担当の最重要人物としてアフラックにスカウトされたのは単なる偶然だろうか。日本をこじ開けた最大の功労者がアフラックという会社に入った時、アフラックの狙いは何なのだろうか。

  レイクは対日交渉の過程で、当時の大蔵省の「護送船団方式」を基本的に守るというスタンスが、新設された金融庁の「自己責任原則による金融行政」というものに変わり、これで日本の金融もやっとグローバルスタンダードになったと語った。その上で「簡保」を変えなければ良い金融行政にはならないと強調した。民間企業は「簡保」に比べ保険市場で不利な立場にある。これらを放置すれば、「構造改革」は成功しないと強く訴えた。「自己責任原則による金融行政」の具体化とは、つまるところ「簡保」の廃止である。

  この2、3年の外交を見ていると、連戦連勝は英国であり、英国がロシアや朝鮮を動かしている。これで米国の時代は終わったのだと感じる。どこにおいてもアングロサクソンの天下であり、米国が駄目になったら次は英国だという事になっている。むしろ米国の金融機関は英国に移り始めている。こういう流れが来ていると、世界は物凄く劇的に動いているのだなと思う。英国は庶民の立場を代表する色んなグループを持っている。ところが、私達の日本は、労働組合は無くなるし、国民の声を代弁する場所が全く無い。これからは医療が本当に主役になるので頑張って頂きたい。そして経済学をやっている私達との連携を切にお願いしたいと思う。


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